川端康成

天城路 川端康成のレリーフ
天城路 川端康成のレリーフ(撮影 2003.3.29)

 川端康成は明治32年(1899)大阪生れ。東京帝国大学国文学科卒業。一高時代の大正7年(1918)の秋に初めて伊豆へ旅行、旅芸人の一行と知り合う。以降約10年間毎年、伊豆湯ヶ島湯本館に長期滞在する。菊池寛の了解を得て大正10年(1921)、第六次「新思潮」を発刊。新感覚派作家として独自の文学を貫いた。昭和43年(1968)ノーベル文学賞受賞。昭和47年(1972)4月16日、逗子の仕事部屋でガス自殺を遂げた。

「伊豆の踊子」像
浄蓮の滝 「伊豆の踊子」像(撮影 2003.3.29)

旧天城トンネル(天城山隧道)
天城路 旧天城トンネル(天城山隧道)(撮影 2003.3.29)

 全長445.5メートル、幅員4.1メートル、トンネル両側の杭門及び内部全体が切石積で造られ、川端康成の小説「伊豆の踊子」をはじめ、多くの文学作品に登場するトンネルとして広く親しまれている。

踊子の里(旧港屋旅館跡)
波浮港 踊子の里(旧港屋旅館跡)(撮影 2003.3.28)

 川端康成の小説「薫」は波浮の港に住んでいた。その薫が踊りを披露したとされる港屋旅館は旧館が明治、新館(増築)が大正時代に建築された。かっては、漁業者、観光客等が多く、一階から三階までの客室は夜毎宴席で、賑わったという。

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