品川弥二郎

九段 品川弥二郎像
九段 品川弥二郎像(撮影 2011.4.6)

 天保14年(1843)の生まれ、明治時代の政治家である。維新の功臣として明治新政府の高官に栄進した。長州藩士、幕末松下村塾に学び、尊王攘夷運動に活躍、また、京都にあって木戸孝允のもとで薩長連合と討幕運動に奔走した。維新後、普仏戦争を視察、ついで独英に学び帰朝。三菱会社排斥のため、共同運輸会社の設立にあたった。駐独公使、御料局長官を歴任、明治17年(1884)には子爵となった。同24年(1891)内務大臣となり、翌年2月の第二回総選挙で干渉を行ない、民党(藩閥政府に反対する政党)を弾圧、このため各界の非難をあびて辞職した。後、西郷従道と国家主義団体である国民協会を設立して副会長となった。協会解散(1899)後京都に隠退、晩年吉田松陰の遺志をついで京都に尊攘堂を造り、勤王志士の霊を祭るとともに、彼等の史料、遺墨、遺品などを集めた。
 銅像は高村光雲の監督、原型作者は木山白雲、鋳造者平塚的次郎、建設者西郷従道外2,845名とされている。建設年月日ははっきりしていない。

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