春日局

礫川公園 春日局像
礫川公園 春日局像(撮影 2011.4.17)

 春日局(本名・斉藤福、幼名・お福)は天正7年(1579)、明智光秀の重臣・斉藤利三の娘として生まれた。二代将軍徳川秀忠と同年の生まれである。光秀が山崎の合戦で敗れると、父・利三も斬首され、お福は母とともに京へ逃げた。天下が豊臣家のものとなり、幼少期のお福は周囲から「謀反人の娘」と見られながら育った。
 慶長9年(1604)、秀忠に息子・竹千代(のちの三代将軍徳川家光が生まれた。お福は乳母として採用され、以降、竹千代の養育に力を注ぐことになる。2年後に竹千代の弟・国松が誕生。病弱で内気な竹千代に対し、利発で容姿端麗な国松を秀忠とその妻・お江(於江与)は寵愛した。次期将軍に長兄である自分を差し置いて国松をと願う両親の心中に心を痛めた竹千代は。わずか10歳ながらに自殺を図る。深く傷ついた竹千代に、お福は根気強く向き合い、実母以上の愛情で接していた。

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