徳川家宣

根津神社 拝殿
根津神社 拝殿(撮影 2011.4.26)

 元来この地域は甲府藩主徳川綱豊(のち六代将軍 徳川家宣)の屋敷地であり、綱豊もこの地で生まれた。宝永元年(1704)綱豊が綱吉の養嗣子として江戸城西の丸に移ると、屋敷地は地主神の根津権現に賜り、あらためて大社殿が造営されたものである。

根津神社 徳川家宣胞衣塚
根津神社 徳川家宣胞衣塚(撮影 2011.4.26)

 家宣の胞衣を埋めたところと伝えられ、十数箇の割り石が雑然と積み重ねている。

徳川将軍家墓所 六代家宣公の墓所
徳川将軍家墓所 六代家宣公の墓所(撮影 2012.1.7)

 徳川家宣は、三代将軍徳川家光の三男綱重を父として寛文2年(1662)に出生。宝永6年(1709)将軍職を継ぎ、新井白石等を重用し政治り刷新をはかり、生類憐れみの令を廃止するなど正徳の治をなしとげたが、在職わずか3年にして病に倒れ、正徳2年(1712)51歳の生涯を閉じた。宝塔は青銅製である。

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