菅原道真

亀戸天神社 五歳菅公像
亀戸天神社 五歳菅公像(撮影 2012.4.21)

 学者の家に生まれた菅原道真は、幼少の頃より天才と称され、18歳で文章生となり、元慶元年(877)に文章博士となった。また、菅原家の私塾である菅家廊下を主宰し、宮廷の代表的な知識人として知られていた。
 国司の任期を終えて、讃岐国(香川県)から京に戻った道真は、宇多天皇の信任を受け大抜擢を受ける。遺唐大使にも任命されるが、このときは唐が衰えたことを懸念し中止を決めている。

太宰府天満宮 御本殿
太宰府天満宮 御本殿(撮影 2008.4.21)

 55歳で右大臣まで昇進したが、これを藤原基経の子時平らほかの公卿から妬まれた。そして道真は時平の策謀にかけられ、延喜元年(901)、九州の太宰府に左降(左遷)させられた。その2年後、再び京へ戻ることなく没した。

太宰府天満宮 飛梅
太宰府天満宮 飛梅(撮影 2008.4.21)

 和歌「東風吹けば にほひをこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ
道真を慕って、京都から一夜にして飛んできたと伝える由縁の御神木。品種は「色玉垣」で毎年境内にて一番に咲く。

2008.4.21 新緑の太宰府天満宮(竃門神社)youtube

亀戸天神社 神牛座像
亀戸天神社 神牛座像(撮影 2012.4.21)

 天神様・道真公は、承知12年(845)「乙丑の年」の6月25日に生まれ、延喜3年(903)2月25日に太宰府の配所で亡くなった。葬送の列が進む中、御遺体を乗せた車を曳く黒牛が臥して動かなくなり、これは道真公の御心によること、その場所を墓所と定められた。

北野天満宮 拝殿
北野天満宮 拝殿(撮影 2017.12.2)

 道真没後、朝廷に崇りをなしたと恐れられ、天暦元年(947)に北野右近の馬場に北野天満宮天神として祀られ、御霊神の1つとして崇敬されるようになった。

湯島天神 菊まつり
湯島天神 菊まつり(撮影 2009.11.7)

 祭神は菅原道真で、縁起によると、南北朝時代の文和4年(1355)に、湯島の郷民が悪夢をみて、古松の下に祀ったのが始まりで、文明10年(1478)に大田道灌が京の北野天満宮を勧請し、荒廃した社殿を再興したと伝える。

2009.11.7 湯島天神 菊まつりyoutube

荏柄天神社 拝殿
荏柄天神社 拝殿(撮影 2017.2.6)

 九州の太宰府天満宮や京都の北野天満宮と並ぶ日本三天神の1つに数えられている。明治の神仏分離まで、東寺の末寺である一乗院(廃寺)が別当として管理していた。神門をはいると、左右に紅梅と白梅を配したさきに、鶴岡八幡宮の仮殿を移した拝殿と本殿からなる社殿がある。

久里浜天神社 牛乗り天神
久里浜天神社 牛乗り天神(撮影 2017.10.11)

 ご自身の体の痛いところ、治していただきたいところをなでてから、撫で牛の同じ個所を交互になでてください。

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