岡倉天心

岡倉天心生誕之地の碑
横浜商工会議所発祥の地
岡倉天心生誕之地の碑(撮影 2009.7.11)

 横浜商工会議所発祥の地の碑の隣に、明治期に美術界の基礎を築いた岡倉天心の生誕地を示す岡倉天心生誕之地の碑がある。開港当時、この地にはもと福井藩士であった岡倉勘右衛門が藩命によって生糸貿易を営んでいた石川屋があった。天心は勘右衛門の次男としてここで生まれ、7歳のころよりアメリカ人宣教師ジョン・バラから英語を学び、9歳のときに高島嘉右衛門が開設した高島学校にかよった。

東京芸術大学 岡倉天心像
東京芸術大学 岡倉天心像(撮影 2013.5.8)

 東京で成人した天心は、お雇い外国人教師フェノロサの研究を手伝って全国の神社仏閣の文化財を調査し、文化財の保護にあたった。明治22年(1889)、東京美術学校(現、東京芸術大学)の設立に尽力し、翌年には校長に任ぜられたが、明治31年(1898)、いわゆる美術学校事件で職を辞し、橋本雅邦・横山大観らを率いて日本美術院を設立して美術運動を推進した。

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