黒田孝高(官兵衛・如水)

姫路城 三国堀付近からの天守群
姫路城 三国堀付近からの天守群(撮影 2015.1.2)

 福岡藩祖黒田孝高(官兵衛・如水)は播磨国(兵庫県)の大名・小寺氏に仕えていたが、長篠の合戦で織田信長が武田勝頼を破ったことを知り、信長の将来性に期待し、小寺氏共々信長の配下に入った。孝高は信長から山崎1万石を与えられ、豊臣秀吉の参謀となるよう指示された。天正9年(1581)の鳥取城の兵糧攻めを提案したり、翌年の毛利氏との備中高松城の水攻めを成功に導くといった功績をあげている。本能寺の変の直後に、毛利氏との和睦を秀吉に進言したのも孝高とされる。

2015.6.27 世界文化遺産・国宝 姫路城youtube

福岡城跡 中天守台の石垣
福岡城跡 中天守台の石垣(撮影 201.1.2)

 福岡城(別名舞鶴城) は、福岡藩初代藩主黒田長政が慶長6年(1601)に築城を開始し、6年後の1607年に完成した。関ケ原の戦いで筑前一国52万3000石を得た黒田氏の居城である。

崇福寺 黒田如水の墓(右)
崇福寺 黒田如水の墓(右)(撮影 201.1.2)

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