足利基氏

長寿寺 本堂
長寿寺 本堂(撮影 2017.6.4)

 足利基氏(尊氏の四男)は、10歳で鎌倉公方となり、南朝を抑え、尊氏死後は新田義貞の子新田義興を滅ぼした。
 基氏が、父尊氏邸宅跡に尊氏の菩提をとむらうため、建長寺38世古先印元を開山に迎えて建立したと伝えられるが、尊氏開基説もあり、創建年代についてはあきらかでない。寺名は尊氏の法名長寿寺殿(京都では等持院)に由来するという。

瑞泉寺 本堂
瑞泉寺 本堂(撮影 2017.6.4)

 南北朝期に入り、基氏は夢窓疎石に帰依し、貞治6年(1367)に没すると違命で瑞泉寺に葬られた、以後、鎌倉公方代々の菩提所として栄え、鎌倉五山につぐ関東十刺の第1位とされた。塔頭も10余を数え、義堂周信のような五山の高僧も住職となり、訪れる高僧も多く、五山文学の一中心ともなった。

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