源実朝

 源実朝は、源頼朝北条政子の次男として建久3年(1192)8月、鎌倉で生まれる。幼名は千幡といい、元久元年(1204)、12歳で三代将軍職についたとき名を実朝と改めた。将軍職についたのは兄頼家が廃され、伊豆修善寺に幽閉されたからである。しかし、幕府の実権は北条氏に握られ、実朝はしだいに和歌や蹴鞠(けまり)などの宮廷文化に関心をもっていった。

辺津宮
江の島 辺津宮(撮影 2008.1.17)

 辺津宮は、良真(鶴岡八幡宮寺供僧)が実朝に申請して創建したといわれる。

辺津宮
鶴岡八幡宮 倒れる前の大銀杏(撮影 2001.11.18)

 実朝は、承久元年(1219)1月27日、右大臣拝賀のため鶴岡八幡宮に参詣したあと、二代将軍源頼家の遺子公暁に暗殺された。
 公暁が隠れていたと伝承される大銀杏は、平成22年(2010)3月10日、強風によって倒れてしまった。

寿福寺 源実朝の墓
寿福寺 源実朝の墓(撮影 2017.9.13)

 墓地の山ぎわには30穴からなるやぐら群があり、北側のやぐらのなかに伝源実朝・北条政子墓がある。

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