坂本龍馬

坂本龍馬
下田宝福寺 坂本龍馬像(撮影 2017.8.12)

 坂本龍馬は、富国強兵と海軍が幕末の日本に必要と痛感し、薩長同盟を成功させる。船中八策を示し、大政奉還を成立させる。

坂本龍馬先生誕生地
坂本龍馬先生誕生地(撮影 2016.1.1)

 高知市升形電停から西へ50m、南側の病院前に坂本龍馬誕生地の碑がある。坂本家の先祖は明智光秀の一族で、落人として土佐へきたと伝えられる。江戸時代初期には長岡郡才谷(現、南国市)の百姓であったが、17世紀なかばごろに城下にでて商人となり、才谷屋を屋号とした。

桂浜 坂本龍馬像
高知桂浜 坂本龍馬像(撮影 2015.12.31)

 龍馬が大きく成長するのは14~15歳の頃、鏡川べりの日根野弁治の道場で剣術修行をはじめてからである。

北浜川児童遊園 坂本龍馬像
北浜川児童遊園 坂本龍馬像(撮影 217.12.9)

 日根野道場で剣の腕をあげた龍馬は、その後、19歳から24歳までの間に2度も江戸に行き、北辰一刀流千葉定吉道場(千代田区)で修行した。

浜川砲台跡
浜川砲台跡 浜川砲台跡(撮影 2017.12.9)

 土佐藩は、ここに鮫洲抱屋敷を持っていたので、砲台を造ることを幕府に願い出て、ペリー艦隊が再来航した時、急遽、土佐藩が造ったのが、浜川砲台である。この浜川砲台に佐久間象山塾で大砲操練を学んだ20歳の龍馬も加わっていた。

横浜開港資料館 ペリー提督横浜上陸
横浜開港資料館 ペリー提督横浜上陸(撮影 2009.7.11)

 嘉永7年(1854)1月、ペリー提督は再来航し、開国に関する会談が久良岐郡横浜村字駒形(現、横浜開港資料館)に設置された応接所で行われ、3月、日米和親条約12カ条が調印された。

坂本龍馬脱藩の道
道の駅布施ヶ坂 坂本龍馬脱藩の道(撮影 2016.1.2)

 武市瑞山(龍馬の遠縁)が土佐勤王党を結成すると竜馬もすぐに加盟した。しかし、瑞山の挙藩勤王の考え方に疑問をもち脱藩。瑞山は龍馬を「土佐にあだたぬ(おさまりきらない)やつ」と評した。
 脱藩後の龍馬は幕臣で開国論者の勝海舟に入門、海舟を助けて神戸海軍操練所で航海術を学び、福井藩主松平春嶽、外国奉行も勤めた幕臣大久保一翁、福井藩の政治顧問である横井小楠ら当代一流の人物の知遇を得た。

宝福寺
下田宝福寺 坂本龍馬像(撮影 2017.8.12)

 文久3年(1863)1月、嵐のために下田港に避難してきた土佐藩の船と幕府の船。偶然にも前土佐藩主山内容堂と勝海舟は、この下田で出会う事となった。そして、海舟が坂本龍馬の脱藩の罪を許して貰うために山内容堂に直談判したのが宝福寺である。ここで許されたことで龍馬の足物が取れ自由に飛びまわれるようになり、まさに龍馬にとって伊豆下田は「飛翔之地」となったのである。
 慶応元年(1865)3月に神戸海軍操練所が廃止されたので、薩摩藩の保護の下、長崎に亀山社中を開き、脱藩した青年たちを中心に海運業に従事し、他方では中岡慎太郎らと協力して薩長同盟成立に尽力、討幕派が政司の主導権を握る土台をつくった。後藤象二郎らはこうした天下の形勢をみて龍馬に接近、龍馬発案による「船中八策」をもとに大改奉還を推進した。以後、亀山社中は土佐藩の後援をうけて海援隊として活動する。
 そのめざましい活躍により、龍馬は佐幕派からもっとも恐れられ、つけねらわれる存在になっていた。薩長同盟を結んだ直後、伏見(現、京都市伏見区)の船宿寺田屋で幕吏の襲撃をうけたときは、宿で働いていたのちの妻お龍の急報により、手傷をうけながらも難をのがれた。

二の丸御殿大広間
二条城 二の丸御殿大広間(撮影 2010.1.11)

 江戸幕末には公武の緊張の高まりの中で、十四代将軍徳川家茂が2度上洛して二条城に滞在した。最後の十五代将軍徳川慶喜は、慶応2年(1866)、この城で将軍職を拝命し、翌年には二の丸御殿大広間で大政奉還を発表した。

坂本龍馬記念館 近江屋復元
坂本龍馬記念館 近江屋復元(撮影 2015.12.31)

 慶応3年(1867)11月15日、大政奉還の1カ月後、京都近江屋で陸護隊隊長中岡慎太郎と密談中を数人の刺客に襲撃され落命。享年33歳。奇しくもその日は龍馬の誕生日であった。

坂本龍馬記念館 血痕のついた貼交屏風(複製)
坂本龍馬記念館 血痕のついた貼交屏風(複製)(撮影 2015.12.31)

 この屏風は、龍馬・慎太郎が暗殺された部屋に、血染めの掛軸と並んであった。中折れ二面の屏風には、狩野探幽の富士山の絵、赤穂義士十次郎の書簡など19点が張られている。
 左面下の猫と牡丹の絵には、53点の血痕が飛び散っており、乱闘のすさまじさを物語っている。

高知市立龍馬の生まれたまち記念館
高知市立龍馬の生まれたまち記念館(撮影 2016.1.1)

 龍馬誕生地のかたわら、老舗旅館である城西館の南側には、高知市立龍馬の生まれたまち記念館があり、パネルや映像で幼少期の意馬がすごした上町の様子を紹介する。また同館では観光ボランティアガイドによる上野周辺の史跡案内も行っている。

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