本多忠勝

本多平八郎忠勝公銅像
岡崎城 本多平八郎忠勝公銅像(撮影 2016.9.11)

 伊勢桑名藩初代藩主本多忠勝(通称平八郎)は、天文17年(1548)岡崎に生まれた。本多氏は、早くから松平本家譜代家臣団として一族をあげてつかえてきた。13歳で初陣した忠勝は、つねに家康のもとにあって、徳川四天王(忠勝のほかに酒井忠次、榊原康政、井伊直政)の1人として家康をささえて奮戦した。とくに槍は抜群で、生涯57度の合戦で傷をおうことがなかったと伝えられている。

天守
岡崎城 天守(撮影 2016.9.11)

 天正18年(1590)に上総大多喜城主となり、慶長15年(1610)に亡くなったが、その子孫は代々大名となり、明和6年(1769)以降は岡崎城主となって明治に至っている。

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