北条政子(安養院)

伊豆山神社 頼朝・政子腰掛け石
伊豆山神社 頼朝・政子腰掛け石(撮影 2001.7.29)
 北条政子は、鎌倉幕府の初代将軍源頼朝の夫人で、二代将軍頼家・三代将軍源実朝の母。北条時政の子として伊豆に生まれる。
 伊豆の蛭ケ小島に配流されていた頼朝は、伊豆山神社を崇敬した。当時、頼朝と政子が恋を語らったのがこの境内であり、当社で二人はむすばれ、伊豆山の神様の力により鎌倉幕府を開き篤い崇敬を当社に寄せられた。
伊豆山神社 なぎの木
伊豆山神社 なぎの木(撮影 2001.7.29)
 政子が若き日に伊豆山に配流されていた源頼朝となぎの木の下で愛を誓って結ばれたロマンが良縁が結ばれる縁結びの神木である。なぎの葉は、その葉脈の形から容易に裂けません。このことからなぎの葉は、男女の仲が裂けない、願いごとが叶うと古来より伝えられている。
安養院 政子の供養塔と宝篋印塔
安養院 政子の供養塔と宝篋印塔(撮影 2001.7.29)
 頼朝が治承4年(1180)鎌倉に居を定めると、正式に御台所として迎えられ、鎌倉で長子頼家、次女三幡、次子実朝を出産。実朝の死後、幕府内部で北条氏と他の有力な御家人と権力抗争が起こると、北条氏の政権掌握に努め、三代将軍源実朝のときは後見人として幕政に参与。実朝の暗殺後、京都から将軍後継者として迎えた幼少の藤原頼経にかわって、世に尼将軍と称せられて幕府を後見した。嘉禄元年(1225)7月11日、69歳で没す。寿福寺には政子の墓と伝える五輪塔が、安養院には政子の供養塔と宝篋印塔(国重要文化財) がある。
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