明月院

総門
総門(撮影 2012.7.21)
 明月院(国史跡)は、創建は今から830年前、永歴元年(1160)にはじまる。この地の住人で、平治の乱で戦死した首藤刑部大輔俊道の菩薩供養として俊道の子、首藤刑部太夫山ノ内經俊によって創建された。
山門
山門(撮影 2000.6.10)
 供養のために供えたアジサイ(花の名所100選)を挿木した先々代住職の思いやりが今日の明月院のアジサイの始まりだという。この有名なエピソードは40年ほど前の出来事で、その後全国各地に広がったあじさい寺の草分けとなった。明月院のアジサイは、土壌の関係もあって青色系統の花が圧倒的に多い。
方丈(本堂)
方丈(本堂)(撮影 2012.7.21)
 仏殿の前には最近造営された枯山水風の庭園がある。
枯山水庭園
枯山水庭園(撮影 2012.7.21)
悟りの窓
悟りの窓(撮影 2012.7.21)
後庭園の花菖蒲
後庭園の花菖蒲(撮影 2000.6.10)
開山堂
開山堂(撮影 2012.7.21)
 開山は建長寺開山大覚禅師の五世法孫の位地にあった密室守厳禅師。康暦2年(1380)、時の関東公方足利氏満が管領上杉安房守憲方に禅興寺の中興を命じ、伽藍を完備、寺域を広大にし、支院を配置させた。三代将軍足利義満天下の時、大寺院を選ぶにおいて禅興寺を関東十刹の一位とした。明月庵は明月院とあらためられ、支院の首位におく。本尊聖観世音菩薩。その当時の「明月院絵図」にありし日の堂塔伽藍を偲ぶ。禅興寺は明治初年廃寺となり、明月院のみを残し今日に至る。
瓶の井
瓶の井(撮影 2012.7.21)
 鎌倉十井の一つ。
 岩盤を垂直に掘り貫いて造ったとみられ、その内部が水瓶のようにふくらみがあることから、「瓶の井」と呼ばれ、鎌倉十井の中でも現在使用できる井戸しては数少ない貴重な存在である。
やぐら
やぐら(撮影 2012.7.21)
 やぐらは開山堂の左横にある墳墓堂で、間口7m、奥行6m、高さ3mにおよび、現存している鎌倉市内のやぐらのなかで、最大級である。
 総門に戻り、北側の小道をいくと北条時頼の御廟所と時頼の墓がある。墓は宝篋印塔や五輪塔などの部材を組み合わせたものである。
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