名越切通し

名越切通し
撮影 1999.10.31

 七切通しの一つ。鎌倉から三浦へ通じる切通しで、現名越トンネルの上に旧道の一部が残っている。北条氏にとって三浦一族は強力なライバルであり、それゆえ名越は鎌倉防御の一大拠点であった。名越切通し(国史跡)周辺の切岸は、防御施設としての切通しの側面を物語っている。宝治元年(1247)の宝治合戦(三浦の乱)で、北条氏は三浦氏を討つことに成功し、名越切通し付近も、そのちその性格に変化が生じたようである。まんだら堂やぐら、その他のやぐらが群集する名越周辺は、鎌倉時代の墓地として機能したようである。

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