眼鏡橋

眼鏡橋
撮影 2001.12.3

 眼鏡橋(国重要文化財)は、昭和57年(1982)、長崎をおそった長崎大水害では、東新橋から大井手橋までの6橋が流されてしまった。また眼鏡橋なども大破したが、昭和61年(1986)、川幅を少し広げ、昭和の石橋として新しく生まれかわった。眼鏡橋は修復され、流失した編笠橋・一覧橋・すすきはら橋などが復元され、石橋群の景観を取り戻した。
 もともと中島川は、川幅自体がせまいためアーチ形石橋をつくりやすいという利点があった。しかしそうしたことをおいても、おおよそ町境に1つの橋がかけられ、短い流域にかくも多くの石橋があるということは、当時の長崎がいかに繁栄していたかを示すものである。なぜならば架橋当時の石橋は、多くの場合、個人が私財を投じたり、僧侶が資金をつのったりしてつくり、公費ではなかったからである。

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