向島百花園

入口
入口(撮影 2001.4.1)
御成座敷
御成座敷(撮影 2007.3.3)
 向島百花園(国名勝)(国史跡)は、仙台の出身で、日本橋の骨董屋佐原菊塢が、寺島のこの地に3000坪の土地をもとめて別荘とし、交流のあった文人・墨客(蜀山人・亀田鵬斎・加藤千陰・村田春海・谷文晁・坂井抱一ら)とともに、約300本の梅の木を植えて造園にあたった。その後も文人たちが思い思いの木をもちこんだひとから、大名屋敷や社寺の庭園にはみられない野趣に富んだ庭園となり、花屋敷・新梅屋敷・七草園など呼ばれた。
庭梅(にわうめ)
庭梅(撮影 2001.4.1)
 「百花園」とは、「四季百花の乱れ咲く園」という意味で、早春の梅、水仙、福寿草から始まり春、夏、秋の山野草、秋の萩などの植物を植栽し、四季それぞれの花の野趣にみちた庭園となった。
貝母(ばいも)
ばいも(撮影 2001.4.1)
花海棠(はなかいどう)
花海棠(はなかいどう)(撮影 2001.4.1)
しのぶ塚
しのぶ塚(撮影 2007.3.3)
 昭和13年(1389)東京市に寄贈され、東京大空襲で大きな被害を受けたが、現在では昔の姿を取りもどしている。園内には山上憶良の秋の七草碑など、約30基ほどの歌碑・句碑が立てられている。
2007.3.3 江戸大道芸(向島百花園)
2007.3.3 江戸大道芸(向島百花園)
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