旧岩崎家住宅

洋館
洋館(撮影 2009.11.7)
 ジョサイア・コンドルの設計により、明治29年(1896)に完成した。完成当時の岩崎邸は、15,000坪の敷地に20棟以上の建物があった。現存する3棟のうちの1棟が、木造2階建・地下室付きの洋館(国重要文化財)で、本格的な洋風建築。明治期の上層階級の邸宅を代表する西洋木造建築である。17世紀の英国ジャコビアン様式を基調に、ルネサンスやイスラム風のモティーフなどが採りいれられている。
客室
客室(撮影 2009.11.7)
 三菱財閥創始者の岩崎弥太郎は、土佐国半農半士の長男に生まれた。20歳で父の冤罪を訴えたことで本人も投獄されたが、出獄後は吉田東洋の私塾に入門し、そこで後藤象二郎に認められた。その関係で、岩崎は藩の貿易に従事する。坂本龍馬の海援隊の経理も担当した。維新後の岩崎は、政治ではなく実業界に目を転じ、九十九商会(後の三菱商会)を興して海運業を始めた。台湾出兵での軍事輸送で大久保利通の信頼を得た三菱商会は、西南戦争でも輸送全般を引き受け大きな利益を得た。
客室の金唐革紙
客室の金唐革紙(撮影 2009.11.7)
集会室
集会室(撮影 2009.11.7)
 暖炉上に花台がしつえられるなど、来客者のための談話室の性格をもつ部屋と想像される。2階は比較的プライベートな空間であったが、家族が集まる部屋は、当時の住居にはまだなかった。日本に居間が設けられるようになるのは、大正から昭和にかけてのことである。
桐箱・脚付桐箱
桐箱・脚付桐箱(撮影 2009.11.7)
ベランダ
ベランダ(撮影 2009.11.7)
 現在ベランダに使用されている棚は、竣工当時のものから型をおこして、忠実に復原されている。
洋館南側
洋館南側(撮影 2009.11.7)
旧岩崎邸庭園 オータムコンサート
旧岩崎邸庭園 オータムコンサート(撮影 2009.11.7)
 俳優として幅広く活躍の田中健さんのケーナ(縦笛)のオータムコンサートが、重要文化財の旧岩崎邸庭園で開催された。田中健さんとケーナとの出会いは、「26年前、南米への旅行中、マチュピチュという空中都市に近いところで、たそがれ時にどこからともなく聞こえくる笛の音、それがケーナでした。音色はアンデスの微風のように明澄で、時には軽快に時には愁いに満ち、人々の魂をふるわせます」に感動されたとのこと。
旧岩崎邸庭園
旧岩崎邸庭園(撮影 2009.11.7)
 旧岩崎邸庭園は、江戸期に越後高田藩・榊原氏、及び明治初期は旧舞鶴藩・牧野氏などの屋敷であった岩崎邸の庭は、大名庭園の形式を一部踏襲していた。本邸建築時に広大な庭に芝を張り、庭石・灯籠・築山が設けられた。建築様式同様に和洋併置式とされ、「芝庭」をもつ近代庭園の初期の形を残している。
和館
和館(撮影 2009.11.7)
 洋館と結合された和館は、書院造りを基調にしている。完成当時は建坪550坪に及び、洋館を遥かにしのぐ規模を誇っていた。施工は大工棟梁として、政財界の大立者たちの屋敷を数多く手がけた大河喜十郎と伝えられている。玄関近くに構えた書院造りの広間には、明治を代表する日本画家・橋本雅作といわれている障壁画が残っている。
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