浜離宮恩賜庭園

旧浜離宮庭園の石碑
旧浜離宮庭園の石碑(撮影 2009.11.21)
三百年の松
三百年の松(撮影 2009.11.21)
 およそ300年前の宝永6年(1709)、六代将軍徳川家宣が、この庭園を大改修した時に植えられたと伝えられ、その偉業を表現するような雄姿は昔時をしのばせるもので、都内では最大級の黒松である。
可美真手命銅像
可美真手命銅像(撮影 2009.11.21)
 可美真手命(うましまでのみこと)は饒速日命(にぎはやのみこと)の皇子で、神武天皇の東方遠征に従い、手柄をたてたと言われる軍神の銅像。明治27年(1894)、明治天皇の銀婚式を記念して陸軍省が行った懸賞募集に当選した作品である。
お伝い橋と小の字島
お伝い橋と小の字島(撮影 2009.11.21)
 お伝い橋は、 潮入の池の岸から小の字島と中島の御茶屋を結ぶ延長118mもある総檜造りの橋で、平成9年(1997)5月架け替えた。
中島の御茶屋
中島の御茶屋(撮影 2009.11.21)
 中島の御茶屋は、宝永4年(1707)に造られて以来、将軍をはじめ御台様、公家たちがここで庭園の見飽きぬ眺望を堪能していた休憩所である。
潮入の池とビル群
潮入の池とビル群(撮影 2009.11.21)
 浜離宮恩賜庭園(国特別名勝)(国特別史跡)は、海水を引き入れた潮入の池と、ふたつの鴨場を伝え、江戸時代には、江戸城の「出城」としての機能を果たしていた徳川将軍家の庭園。承応3年(1654)、徳川将軍家の鷹狩場に、四代将軍徳川家綱の弟で甲府宰相の松平綱重が、海を埋め立てて甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を建てた。その後、綱重の子、綱家(徳川家宣)が六代将軍になったのを契機に、この屋敷は将軍家の別邸となり、「浜御殿」と呼ばれるようになった。
鴨場
鴨場(撮影 2009.11.21)
 鴨場は池と林を3mほどの土手で囲い、土手には常緑樹や竹笹をびっしりと植え、鴨が安心して休息できるように外部と遮断しました。ここでは池に幾筋かの引堀(細い堀)を設け、小のぞきから鴨の様子をうかがいながら、稗・粟などのエサとおとりのアヒルで引掘におびきよせ、機をみて土手の陰から網ですくいとるという猟を行っていた。
将軍お上り場
将軍お上り場(撮影 2009.11.21)
 江戸時代、将軍が隅田川から浜御殿に来られたときや舟遊びをして休息のために立ち寄られたときなど、乗降された船着場で、今も原形を保っている。明治元年(1868)1月12日未明、最後の将軍となった十五代将軍徳川慶喜は、大阪から軍艦開陽丸で江戸に入り、この お上り場から上陸して、騎馬で江戸城へ帰還したものである。
水門
水門(撮影 2009.11.21)
 昔から、この堰で海水の出入りを調整している。東京湾の潮の干満を利用して池の水位を上下させ、庭の趣に変化を持たせるように作られた「 潮入の池」にはなくてはならないものである。
菜の花
菜の花(撮影 2014.3.21)
2014.3.21 菜の花とヒヨドリ(浜離宮恩賜庭園)
2014.3.21 菜の花とヒヨドリ(浜離宮恩賜庭園)
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花木園
花木園(撮影 2011.4.9)
スイセン
スイセン(撮影 2011.4.9)
桜
桜(撮影 2011.4.9)
雪景色
雪景色(撮影 2001.1.21)
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