日本橋

日本橋
江戸東京博物館 日本橋(撮影 2016.12.24)
 日本橋がはじめて架けられたのは、慶長8年(1603)といわれ、翌年には、諸街道の起点と定められ。日本橋一帯には、魚河岸、米河岸、材木河岸などがつくられ、また、幕府の陸上輸送を担当する伝馬役所が橋の近くに設けられた。
日本橋
日本橋(撮影 2011.6.4)
 江戸時代に五街道(東海道、中山道(木曾街道)、甲州街道(甲州道中)、奥州街道(奥州道中)、日光街道(日光道中))の里程の原点となり、明治以降も諸街道の元標として、今なお日本の中心的存在となっている。江戸時代初期、このあたり一帯は海辺のアシ・ヨシの茂る湿地帯であったが、掘を掘り、神田川の台地を切りくずした土で埋立てて、商業地か造成された。慶長5年(1603)幕府は平川を延長した掘割に木橋をかけるが、だれとなく日本橋(国重要文化財) の名がつけられた。
獅子の欄干
獅子の欄干(撮影 2011.6.4)
麒麟の欄干
麒麟の欄干(撮影 2011.6.4)
日本国道路元標
日本国道路元標(撮影 2011.6.4)
 現在では国道1号線(東海道)、4号線(日光街道)、6号線(水戸街道)、14号線(京葉道路)、17号線(中仙道)、20号線(甲州街道)の基点となっている。橋の中央部の道路には、日本国道路元標と刻んだ真鍮板が埋められている。明治6年(1873)、政府は江戸時代以来の伝統を引きついで、「東京は日本橋、京都は三條橋の中央をもって国内諸街道の元標」と定めた。
旧東京市道路元標
旧東京市道路元標(撮影 2011.6.4)
 橋の北詰め西側には、旧東京市道路元標がある。
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