徳川綱吉

寛永寺 徳川綱吉(常憲院)霊廟勅額門
寛永寺 徳川綱吉(常憲院)霊廟勅額門(撮影 2011.4.17))

 五代将軍徳川綱吉は、延宝8年(1680)5月に兄・四代将軍徳川家綱の死に伴って将軍の座につき、宝永6年(1709)1月10日に63歳で没した。法名を常憲院という。綱吉ははじめ、善政を行い「天和の治」と讃えられたが、今日では「生類憐れみの令」などを施工した将軍として著名である。

大成殿(孔子廟)
湯島聖堂 大成殿(孔子廟)(撮影 2012.11.14)

 好学で知られる綱吉は、幕府の力でより大きな孔子廟を営もうと、上野の忍岡聖堂「先聖殿」から湯島への移転を命じた。大成殿と付属施設からなる壮大な聖堂を中心に、西側一帯(現在の東京医科歯科大学)には御成御殿や学寮を設け、林信篤を大学頭に任じ、幕府官学の拠点にふさわしい規模とした。綱吉自筆の「大成殿」の扁額を掲げ、自ら経義を講じたほどであった。

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