浅草寺 伝法院

浅草寺 伝法院
浅草寺 伝法院(撮影 2011.4.26)
 伝法院は浅草寺の院号で、住職の居住する本坊の称号に用いられている。諸建物のうち、客殿・玄関・使者の間・大台所の一部は、安永6年(1777)の建造である。そのうち客殿には本尊阿弥陀如来像を安置し、6月の山家会(伝教大師の忌日法要)、11月の霜月会(天台大師忌日法要)をはじめ、個人の追善供養、寺内僧侶の修業などが行われる。
伝法院庭園と五重塔
伝法院庭園と五重塔(撮影 2011.4.26)
 伝法院庭園(国名勝)は、寛永年間(1624〜44)に幕府の作事奉行を勤め茶人として有名である小堀遠州によって築庭されたといわれる。約一万平方メートルものこの庭園は、回遊式庭園として、園内を逍遥すれば一歩一歩その景観を異にする。また、江戸から明治までは法親王ご帯寺の庭ということで秘庭とされていた。
池
池(撮影 2011.4.26)
 池には放生された鯉や亀などが泳ぎ、木々には野鳥が集まり、賑わう浅草にあって閑静な佇まいをみせてくる。
大書院
大書院(撮影 2011.4.26)
大書院
大書院(撮影 2011.4.26)
 明治4年(1871)再建された、浅草寺本坊伝法院の書院の一つ。上の間・中の間・下の間に分かれる。江戸時代、浅草寺は法親王様のご兼帯寺であり、法親王様ご来寺の際には、 大書院の間にてご休憩なされた。
藤棚
藤棚(撮影 2011.4.26)
天祐庵
天祐庵 (撮影 2011.4.26)
 天祐庵は天明年間(1781〜89)に、名古屋の茶人牧野作兵衛によって、表千家宗左邸内の不審庵(安土桃山時代に千利休によって造られた)を模して建てられたもので、その実体を伝えている点では最古といえる。戦後に五島慶太翁と浅草寺婦人会の尽力によって奉納移築された。
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