品川台場 第三台場(台場公園)

品川台場 第三台場(台場公園)
撮影 2004.1.31

 寛永6年(1853)6月アメリカ使節ペリー提督の来航を機に、伊豆韮山の代官江川太郎左衛門英龍の意見をいれて、幕府は江戸湾防備のために湾内の11ケ所に砲台を築くこととした。これが品川台場である。同年8月から取り急ぎ工事をすすめ、芝高輪泉岳寺台地・品川御殿山などを堀り崩して土を運び、四角形・五角形・六角形の砲台を築いた。高さ約10mの石垣を積んで砲台を築き、内部は鍋底状にくぼめて陣屋・火薬庫・炊事場を設置した。安政元年(1854)4月に第一〜三砲台、11月に御殿山下砲台が完成したところで工事は中止された。その理由として、同年3月に日米和親条約が調印されたことと、幕府財政の逼迫があげられる。築造されたお台場のほとんどが品川埠頭埋立地に含まれてしまい、現在では第六台場と、13号埋立地と陸繋島となった第三台場(ともに国史跡)が残っているのみである。

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