大石内蔵助良雄

泉岳寺 大石内蔵助良雄の銅像
泉岳寺 大石内蔵助良雄の銅像(撮影 2017.12.14)

 元禄14年(1701)3月14日、勅使饗応役浅野内匠頭長矩江戸城松之廊下吉良上野介義央に刃傷におよび、即日一関藩主田村右京太夫の屋敷で切腹を命ぜられた。浅野家の断絶に対して吉良にはおとがめがなかったことから、喧嘩両成敗の原則に反するとして、家老大石良雄ら四十七義士は翌年の12月14日吉良邸に討ち入って主君の遺恨をはらし、翌日泉岳寺の主君の墓前に報告した。自首した46人は4家に預けられ、元禄16年(1703)2月4日に切腹を命ぜられた。(寺坂吉右衛門は、討ち入り後、大石の命で国元への報告のために別行動をとったという)

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