於大の方(伝通院)

伝通院 於大の方の墓
伝通院 於大の方の墓(撮影 2011.4.17)

 三河刈谷城主水野忠政の娘として生まれる。天文10年(1541)岡崎城松平広忠と結婚。翌年竹千代・後の家康を生む。父・水野忠政死後刈谷城を継いだ兄信元は織田家に付いた。今川氏の保護を受けていた松平広忠は今川家を慮ってお大を離縁し、刈谷へ帰したのだった。
 後に家康が織田家の人質になってからも常に衣服や菓子を贈って見舞い、音信を絶やすことがなかった。家康も生母の至情を忘れることがなく天下統一の後には、再婚しているにも拘わらず、全く実家の者としてお大を迎え入れた。慶長7年(1602)伏見城にて逝去。行年75歳。

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