江戸城

伏見櫓
皇居 伏見櫓(撮影 2011.2.13)

 江戸城は、長禄元年(1457)扇ヶ谷上杉氏の家宰の 太田道灌が、古河公足利成氏との抗争の戦略拠点として築いた平山城である。

天守・本丸・二の丸御殿(模型)
江戸東京博物館 天守・本丸・二の丸御殿(模型)(撮影 2016.12.24)

 道灌築城の江戸城は、長くのびた台地の先端部、現在の本丸(皇居東御苑)の位置に築かれていたようで、当時は日比谷の入江に面した海城であった。戦国時代後期には、改修されて後北条氏の重要な支城となり、天正18年(1590)徳川家康の関東入部にともない、その居城となる。

本丸跡
皇居東御苑 本丸跡(撮影 2011.2.13)

 慶長8年(1603)、征夷大将軍に就任し、江戸幕府を創立した家康は、江戸城にの大改修を開始する。慶長11年(1606)には、本丸・二の丸が全面的に石垣造りに築き直され、最初の天守も建てられた。その後、家康・秀忠家光三代にわたり築城工事は継続し、寛永年間(1630年代)に完成した。

富士見櫓
皇居東御苑 富士見櫓(撮影 2015.12.9)

 本丸造営工事の際に、櫓台地域の石垣を加藤清正が築いており、富士見櫓もこのときに創建されたと考えられている。江戸城中央部に位置するこの櫓が.天守閣のかわりの役割を果たした。

天守台
皇居東御苑 天守台(撮影 2011.2.13)

 天守は、慶長・元和・寛永期にそれぞれ建設され、いずれの時期の天守も全国最大規模で、とくに寛永期の天守は51mの高さを誇っていたという。現在、本丸の北側にある天守台は、明暦の大火で寛永期焼失後、四代目の天守を建てるために築かれたものだが、実際に天守が建てられることはなかった。

桜田二重櫓(巽櫓)
皇居東御苑 桜田二重櫓(巽櫓)(撮影 2011.2.13)

 現存する建物は、富士見櫓伏見櫓巽櫓同人番所百人番所などがある。

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