増上寺

大門
大門(撮影 2012.1.7)
 増上寺の総門である大門は、昭和12年(1937)に作られたコンクリート造である。
三解脱門
三解脱門(撮影 2012.1.7)
 増上寺の表の顔として、道往く人々にその威風堂々とした姿をみせる三解脱門(三門)。元和8年(1622年)に再建された、増上寺が江戸の初期に大造営された当時の面影を残す唯一の建造物で、国重要文化財に指定されている。三解脱門とは三つの煩悩「むさぼり、いかり、おろかさ」を解脱する門のこと。建築様式は三戸楼門、入母屋造、朱漆塗。唐様を中心とした建物に、和様の勾欄などが加味され、和唐折衷の美しさを見せている。上層部(楼上)には、中央部に釈迦三尊像、脇壇に十六羅漢像が安置されている。
大殿
大殿(撮影 2011.3.27)
 増上寺は浄土宗大本山の念仏の根本道場として、あらゆる儀式法要が行えるよう斬新な設計で、昭和49年(1974)、戦災に遭い焼失した本堂が再建されました。「大殿」と称し、石段を登りきった二階に本堂、三階に道場、一階に檀信徒控室、地下に三縁ホールなどを備えている。本堂には、ご本尊の阿弥陀如来(室町期作)は、両脇壇に高祖善導大師と宗祖法然上人の御像が祀られ、参拝される方々の厚い信仰をあつめている。
幼少の法然さま像
幼少の法然さま像(撮影 2011.3.27)
 平安時代末期、貴族よりも庶民に近い武士が政治権力を握るようになった。このため仏教も、貴族から庶民を対象とするものへと変化が始まった。そんん情勢で登場したのが法然(浄土宗開祖)だった。法然が9歳のとき、土地争論が発端で父漆間時国が殺害されたが、父の遺言により、仇討ちを放棄し仏門に入った。比叡山に登り天台教学を学んだ法然は、下山後、念仏(南無阿弥陀仏)を唱えればね死後は誰でも平等に極楽浄土に往生できるという「専修念仏」の教えを説いた。
2011.3.27 芝公園・増上寺
2011.3.27 芝公園・増上寺
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光摂殿
光摂殿(撮影 2011.3.27)
 光摂殿は平成12年(2000)、「心を洗い、生きる力を育てる」ための講堂、道場として、 光摂殿が完成した。その大広間の格天井には、日本画壇の画伯方が精魂込めて描かれた草花図が奉納されて嵌め込まれ、百華となって花開きます。その天井絵は二十一世紀への美術遺産として伝えつがれ、集う人に計り知れない功徳となることでしょう。
安国殿
安国殿(撮影 2011.3.27)
 安国殿は旧堂宇の老朽化に伴い、平成23年(2011) 法然上人八百年御忌を記念し、念仏信仰の拠点として家康公が成し遂げた天下泰平の世(安らかな国づくり)を願い、平成22年(2011)、新しい 安国殿が建立された。堂内には、恵心僧都の作と伝えられる秘仏黒本尊が祀られている。黒本尊は 家康公が深く尊崇し、そのご加護により度重なる災難を除け、戦の勝利を得たという霊験あらたかな阿弥陀如来像で、勝運・厄除けの仏様として江戸時代以来、広く人々の尊崇をあつめている。
西向観音
西向観音(撮影 2011.3.27)
 西向観音は、現在三康図書館のある場所にあった観音山に西に向けて安置されていたもので、現在の正則中学校あたりにあった地蔵山に東向きに安置された四菩薩像とともに、その間を通る街道を見下ろす形をとっていました。将軍家の菩提所である 増上寺は格式が高く、庶民には近寄り難いところもありましたが、この像は 安国殿に安置されている黒本尊とともに多くの庶民の信仰の対象として今に続いいる。
四菩薩像
四菩薩像(撮影 2011.3.27)
 もとはこの場所の北西、地蔵山に安置されていた。西向観音像に対し東向きであった。正嘉2年(1258)の作と伝えられる古像である。
徳川家霊廟
徳川家霊廟(撮影 2011.3.27)
 戦前、旧徳川将軍家霊廟は御霊屋とも呼ばれ、当時の最高の技術が駆使された厳粛かつ壮麗な霊廟が 増上寺大殿の南北に建ち並んでいました。しかし、昭和20年(1945)の空襲で大半が消失し、その後現在地に改葬された。徳川将軍家墓所には、二代将軍徳川秀忠公・お江夫妻、六代将軍徳川家宣公、七代将軍徳川家継公、九代将軍徳川家重公、十二代将軍徳川家慶公、十四代将軍徳川家茂公、皇女和宮、将軍生母側室等の墓所がある。
貞恭庵
貞恭庵(撮影 2011.3.27)
 貞恭庵は、十四代将軍徳川家茂御正室、皇女和宮様ゆかりのお茶室。昭和55年(1980)に移築・改修した。一般公開している。
圓光大師堂
圓光大師堂(撮影 2011.3.27)
  圓光大師堂は、宗祖 法然上人八百年御忌を記念し、総本山智恩院門跡第八十六世中村康隆猊下と当山法王第八十七世成田有恒台下との尊い結縁が実を結び、去る平成18年(2006)11月25日、智恩院より 法然上人の御廟の御浄砂を拝領しました。御浄砂を成田台下は御身柄と命名、この法縁を承け奉安する御堂の建立を発願し、平成21年9月に竣工した。
徳川家継(有章院)霊廟二天門
徳川家継(有章院)霊廟二天門(撮影 2012.1.7)
  東京プリンスホテル入口右側に、七代将軍徳川家継(有章院)霊廟二天門が残っている。
御成門
御成門(撮影 2012.1.7)
  御成門は増上寺の裏門としてつくられたが、将軍が参詣する際にもっぱら用いられていたので、「御成門」と呼ばれるようになった。はじめ「 御成門」は、現在の御成門交差点にあったが、明治25年の東京市区改正計画で、内幸町から 増上寺三門を経て 芝公園に至る道路が新設された際に、この位置に移築された。
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