戦国探訪 岐阜城

mark金華山・岐阜城(きんかさん・ぎふじょう)

 金華山は古くは稲葉山とよばれ、鎌倉時代以来、何代にもわたって城が築かれたとされているが 城下町を伴った本格的な城郭を構えたのは、戦国大名斎藤道三が天文年間(1532-55)に入城してからのことと思われる。この稲葉山城は、道三からその子の斎藤義龍、孫の龍輿と継承されたが、道三の女婿で隣国尾張国の織田信長が、永禄10年(1567)、龍輿を滅ぼして入城した。『信長公記』などでは信長が入城に際して、古代中国・周王朝発祥の地にちなんで「岐阜」「岐山」「岐陽」などの候補から「岐阜」の名を選んだとしており、このころより「井之口」とよばれていた町の名も「岐阜町」と称するのが一般的となった。

山内一豊と千代 婚礼の地モニュメント
山内一豊と千代 婚礼の地モニュメント

ニの丸跡からの岐阜城
ニの丸跡からの岐阜城

織田信長像(城内)
織田信長像(城内)

岐阜城資料館
岐阜城資料館

天守閣
天守閣

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