中尊寺
(金色堂・経蔵・芭蕉像・義経堂)

mark中尊寺(ちゅうそんじ)

 金色堂は覆堂という建物の内部にあり、外部から護られている。皆金色の建造物には「天治元(1124)年」銘の棟木があり、藤原清衡が69歳の時に棟上げされたことが知られている。堂内には3つの須弥壇があり、それぞれ阿弥陀如来を中心とした金色堂堂内諸像及天蓋(国宝)が安置されている。各壇11体あったが、西南壇(向かって左)の一体が失われて、32体の仏像が安置されている。中央壇には清衡、西南壇に基衡、西北壇に秀衡のものと伝えられる棺が納められている。したがって、金色堂は阿弥陀堂であるとともに、藤原三代の遺体をまつる霊廟であるともいえる。清衡がみずからの霊廟として中央壇を造り、その後、西南壇と西北壇が増設されたものと考えられている。また、源頼朝による奥州合戦で平泉から逃れ、比内郡(現、秋田県大館市)で家臣河田次郎に殺された四代泰衡の首級も秀衡の西北壇に納められている。

金色堂
金色堂

参道
中尊寺境内

経蔵
経蔵

芭蕉像
芭蕉像

義経堂からの眺め
義経堂からの眺め

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