ウィンドサーフィンで賑わう材木座海岸
(逗子~鎌倉)

逗子駅(JR横須賀線)~名越切通し~逗子マリーナ~材木座海岸~光明寺~鎌倉駅(JR横須賀線)
mark名越切通し(なごえきりどうし)

 JR逗子駅から横須賀線沿いに鎌倉方面へ向って歩く。新小坪トンネルを抜けた所が小坪七丁目バス停である。ここから細い山道を約10分登ると、名越切通し(古道50選)がある。ただ、現在は通行止めになっており、通り過ぎる人は少ない。

新小坪トンネル
新小坪トンネル
名越切通し
名越切通し

 切通しは山の尾根を切りとってつくった出入口、もしくはそれにより通じた道のことで、三方を山に囲まれた鎌倉にとっては、他所との出入口であるとともに、軍事都市鎌倉の防御の拠点であった。鎌倉にはいくつもの切通しがあり、そのうちの亀ヶ谷坂、化粧坂、巨福呂坂、大仏坂、極楽寺、名越、朝比奈の切通しを「七切通し」と呼ぶようになったのは江戸時代のことである。

名越切通し
名越切通し(国史跡)
まんだら堂跡入口
まんだら堂跡入口

 鎌倉から三浦へ通じる切通しで、現名越トンネルの上に旧道の一部が残っている。北条氏にとって三浦一族は強力なライバルであり、それゆえ名越は鎌倉防御の一大拠点であった。名越切通し周辺の切岸は、防御施設としての切通しの側面を物語っている。宝治元年(1247)の宝治合戦(三浦の乱)で、北条氏は三浦氏を討つことに成功し、名越切通し付近も、そのちその性格に変化が生じたようである。
 名越切通しの周辺に広がる72穴のやぐら群。やぐら群の西方にあるまんだら堂跡(現日蓮宗妙行寺の境内)には小さなやぐらが群集し、その中に無数の五輪塔が並んでいる。

mark材木座海岸(ざいもくざかいがん)

 逗子マリーナのはずれにある小坪飯島公園は、材木座海岸や和賀江島(わかえじま)、遠くに江ノ島が見える場所である。太陽が照り輝く海では、若者達が楽しむウィンドサーフィンの帆で一杯。とても10月最後の日とは思えない風景である。

ウィンドサーフィンで賑わう材木座海岸
ウィンドサーフィンで賑わう材木座海岸

 座は、平安末期から室町時代にかけて商工業者・交通運送業者・芸能人など、同業者同士の結合として組織された特権的な団体である。商工業が盛んであった鎌倉にもいくつか結成されていたと思われるが、その存在が確認できるのは鎌倉後期の博労座・材木座、室町後期の中座ぐらいである。材木座は、材木を扱う商人の座で、その場所は現在でも材木座と呼ばれているところで、当時、西浜とか飯島といわれ、鎌倉初期から鎌倉の建築に必要な材木の集散地となっていた。

mark光明寺(こうみょうじ)
山門
山門
大殿
大殿

 浄土宗。山号は天照山、寺号を蓮華院光明寺と称す。開基は鎌倉幕府第四代執権北条経時、開山は法然の孫弟子良忠(記主禅師)である。寺宝に鎌倉期の「当麻曼茶羅縁起」、「当麻曼茶羅図」「浄土五祖絵」「浄土五祖絵伝」「十八羅漢及僧像」などがあり、鎌倉国宝館に寄託されている。

大輪の菊
大輪の菊
大輪の菊
大輪の菊

菊花展
菊花展
菊花展
菊花展

 境内では菊花展の催しが行われていて、大輪の菊の見事な花が咲いていた。

mark若宮大路(わかみやおうじ)

 光明寺から鎌倉駅へ向う途中に九品寺を拝見し、若宮大路の下馬四ツ角に出た。

若宮大路の道標
若宮大路(国史跡)
二の鳥居
二の鳥居

 若宮大路(古道50選)は、由比ヶ浜から鶴岡八幡宮への参道である。発掘調査の結果、一の鳥居から社頭にかけては、若宮大路は現在よりも広い道で、13世紀末期以降には両側に側溝があり、その外側は屋敷の板塀で区切られていた。東側には将軍御所(幕府)や北条氏などの屋敷もあって防衛線のような役割をはたしていたと推定されている。

⇒ 逗子~鎌倉周辺 ウォーキングマップ