葉山から逗子の海岸線を歩く
(立石~逗子)

立石バス停(京急バス)~長者ヶ崎~葉山しおさい公園~森戸神社~披露山公園~逗子駅(JR横須賀線)
mark長者ヶ崎(ちょうじゃがさき)

 JR逗子駅から横須賀市民病院行きの京急バスに乗換えて、景勝地「秋谷の立石」で知られる立石バス停で下車する。北風もなく太陽の日射しが暖かく感じる陽気である。波の音を聞きながらの、長者ヶ崎へ向う西海岸通りは快適な歩きである。
 国道134号から約500m海上に突き出た馬の背の様な奇岩が露出した岬が、長者ヶ崎と呼ばれてる。三浦半島の中央丘陵部の尾根が、相模湾の海上に向かって、大きく崩れ出したように突き出ているために、「大崩れ」と呼ばれている。

長者ヶ崎
長者ヶ崎(景勝50選)
景勝50選の石碑
景勝50選の石碑

 長者ヶ崎を通り過ぎて間もなく県立葉山公園に着き、ここで小休憩をとる。公園の北側には葉山御用邸があるので、警備の方が周囲を見守っていた。

長者ヶ崎海水浴場
長者ヶ崎海水浴場
県立葉山公園
県立葉山公園

 葉山公園はかつて葉山御用邸の馬場であった部分が、昭和21年(1946)に神奈川県に払い下げられ、以来県立葉山公園として一般開放された。園の前面は海浜融で、夏は海水浴客のための海の家が軒を連ねる。

mark葉山しおさい公園(はやましおさいこうえん)

 葉山御用邸付属邸跡地である葉山しおさい公園には、葉山しおさい博物館や日本庭園、茶室・休憩施設、黒松林などがある。中でも、池と景庵のある日本庭園はおもむきがあり美しい。

葉山しおさい公園
日本庭園(公園50選)
黒松林
黒松林

葉山しおさい公園
葉山しおさい公園
館内展示
館内展示

mark森戸神社(もりとじんじゃ)

 葉山しおさい公園から森戸海岸線を歩き、約20分で森戸神社に着く。

森戸神社
森戸神社
千貫松
千貫松

 森戸神社は、葉山町一帯の総鎮守として、土地の人たちからは、明神さまと呼ばれ親しまれている。神社の由来は、平治の乱に敗れた源頼朝が三島明神(現在の静岡県・三島大社)に参詣して、源氏再興を祈願し、その加護により旗揚げが成功したため、治承4年(1180)根拠地の鎌倉に近い景勝の地に三島明神の分霊を歓請し、社殿を造営したのが起こりと云われる。
 千貫松は、頼朝公が衣笠城に向かう途中、森戸の浜で休憩した時、岩上の松を見て「如何にも珍しき松よ」とほめたところ、出迎えの和田義盛は「我等はこれを千貫の値ありとて千貫松とよび候」と答えたという由来がある。

石原裕次郎の記念碑
石原裕次郎の記念碑
景勝50選の石碑
景勝50選の石碑

 海岸の砂浜に下りる所に石原裕次郎の記念碑が建っており、裕次郎を偲ぶ文字が刻まれている。
  夢はとおく 白い帆に のって
  消えていく 消えていく 水のかなたに
  太陽の季節に 実る
  狂った果実たちの 先達
  石原裕次郎を 偲んで

2016.6.18 森戸神社(森戸海岸)youtube

森戸の夕照
森戸の夕照(景勝50選)
高橋是清の歌碑
高橋是清の歌碑

 森戸神社裏手からの夕日の景観はすばらく、「森戸の夕照」と呼ばれている。
 晴れた日の夕刻で、裕次郎灯台と名島、西の方角にある伊豆や箱根の山並みを包み込むようにして空が赤く染まり、それが海に照らしだされ、その刻々と移り変わる絵模様が美しい。

源頼朝公別野跡
源頼朝公別野跡
夕景
夕景

2006.9.24 森戸の夕照youtube

mark披露山公園(ひろやまこうえん)

 国道134号の逗子海岸を北に向って歩き、高養寺の横から披露山公園へ登るハイキングコースに入る。階段を上がるにつれて、逗子湾の全容が眼下に美しく見えてくる。

展望台(展望施設・灯台)からの眺め
展望台
逗子八景
逗子八景

 披露山は、ただしくは「ひろうやま」と読み、逗子市の北西部で相模湾に望むところにあり、ちょうど小坪浜と逗子海岸を分けるかっこうになっている。標高はわずか92メートルだが、展望が良いことから小公園となっていて、市民の憩いの場所である。
 披露山公園には駐車場もあり、ほとんどの人は車を利用して登って来る。そして、幼い子供達が園内にある小鳥小屋やサル舎の周りで楽しく遊んでいた。披露山公園は、「披露山の暮雪」として逗子八景の一つともなっていて、公園の南側から逗子湾の全容を見渡した風景である。帰りは「古東海道の披露山公園付近」の坂道(古道50選)を歩き、JR逗子駅に着いた。

ウサギ
ウサギ
景勝50選の石碑
景勝50選の石碑

逗子湾方面
葉山マリーナ方面(景勝50選)(公園50選)

 被霹山の名称の由来は、『改訂逗子町誌』によると、「鎌倉時代将軍に献上物を披露する所なりと、或は披露の役人の住宅地なりと、又現在の小坪より献一上の小壷を披露せし所なり」と記されている。恐らく、源頼朝あたりが、諸国から献上された品々をこの山で武将たちに披露したことがきっかけとなって、この名前が付いたのであろう。

⇒ 立石~逗子周辺 ウォーキングマップ