関東ふれあいの道「三浦・岩礁のみち」
(松輪~白秋碑前)

松輪バス停(京急バス)~剱埼~毘沙門湾~盗人狩~白秋碑前バス停(京急バス)
mark剱埼(つるぎざき)

 京浜三浦海岸駅から 剱埼行きのバスに乗り、松輪入口バス停で下車する。ここから、前を歩く2人ずれの釣り人に付いて、段々畑の中を 大浦海岸に向って下った。
 大浦海岸は水のきれいな砂浜で、民宿も近くにあり、家族ずれで賑わっていた。

大浦海岸
大浦海岸
剱埼
剱埼(景勝50選)

 東京湾口をしめる浦賀水道の関門となっている 剱埼は、一時「けんざき」と俗称されたが、「つるぎざき」が本当の呼び名である。
 地名のおこりは、江戸時代・万治年間(1658~61)のことだという。沖で船が嵐にあって沈み、幕府に納める材木がことごとく海底に沈んだ際、神主が剱を海投じて竜神に祈ったところ、すぐに風波は静まって、材木が海面に浮かび出たためだという。

剱埼灯台
剱埼灯台
景勝50選の石碑
景勝50選の石碑

 海岸線伝いに、大浦洞穴、漁港を通り約15分で剱埼灯台の下に出る。海にせり出した広い岩畳の上では、大勢の釣り人が楽しんでいた。
 現在の灯台は1925年に再建されたもので、その光芒は緑・白・白と1回転30秒間隔でひらめき、到達距離は理論上は35kmだが、50km離れた伊豆半島からも視認できるという。

カヌー・ツーリング
カヌー・ツーリング

mark江奈湾(えなわん)
三浦・岩礁のみち
三浦・岩礁のみち
江奈湾の干潟
江奈湾の干潟

 剱埼から江奈湾、毘沙門湾、盗人狩の海岸線を歩く「三浦(みうら)・岩礁(がんしょう)のみち」は、全長11Kmほどの道程で洞窟・奇岩があり、潮風と眺望を楽しむことができるコースである。
 途中、江奈湾の干潟(遠浅の浜ではカニ類やエビ、水鳥のコチドリやコサギなどいろいろな生物がいる)では、小学生たちが干潟に入り生物の観察をしていた。

mark毘沙門海岸(びしゃもんかいがん)
白浜毘沙門天入口
白浜毘沙門天入口
入口付近の畑
入口付近の畑

 毘沙門天入口付近では畑風景が広がり、「春キャベツ」を出荷をするトラックが目についた。

白浜毘沙門天
白浜毘沙門天
龍の彫刻
龍の彫刻

 白浜毘沙門天は、三浦七福神の一つ。ここは持陽山慈雲寺毘沙門堂と称し、本寺は応安元年(1368)妙謙和尚によって開かれたもので、毘沙門天は行基の作と伝えられ、古来より正月三日酉の刻(午後6時)には必ずありがたい神示があると信じられ、近郊近在から多数の参詣、参籠があり、知恵と武勇の守り神としてあがめられている。特に北方を守る武神とされ、厄除け、恵方の毘沙門天である。

毘沙門海岸
毘沙門海岸

 毘沙門海岸は、磯釣りの絶好のポイントになっている。

ハマダイコン
ハマダイコン(花の名所100選)

 毘沙門海岸の浅間山付近の海浜にハマダイコンが群生し、薄紫色の花を咲かせることで有名である。

2016.5.5 毘沙門海岸(ハマダイコン)youtube

弥生時代住居址群
弥生時代住居址群
ハマダイコン
ハマダイコン

 三浦半島先端の絶壁には、いくつかの海蝕洞窟があり、出土品などによって、いずれも弥生時代の終わりの頃から先史時代にまでさかのぼる先住民の住居跡と見られている。毘沙門海岸にある毘沙門洞窟は県の指定史跡であり、その代表的にものといえる。

mark盗人狩(ぬすびとかり)

 毘沙門湾の海岸線の岩畳を歩くと、景勝地の盗人狩の前に出た。 今日は好天気に恵まれ、海岸戦は釣りをする人、バーベキューを楽しむ人やウォーキングを人達で活気があふれていた。しばらくの間、岩場の上で休憩をとった。

盗人狩
盗人狩(景勝50選)
盗人狩
盗人狩

 盗人狩は歩く人の頭上に覆いかぶさるような巨岩が、その下をえぐられて海に突き出し、足元の岩に波がぶつかっては砕け散って渦を巻き、荒々しい音をたてている。
 あるとき、盗賊のひとりが追われてこの絶壁の上まで逃れてきた。しかし、崖の下からは異様な物音が聞こえ、ふと下を見ると、吸い込まれるような絶壁と、逆巻く激波がぶつかり合っている。そのあまりにも恐ろしい光景のたに、足がすくんで動けなくなった盗賊は、たちまち追っ手に捕らわれたという。

2008.11.22 三浦・岩礁のみちyoutube

 三浦半島先端部は、中央に当たる毘沙門湾のあたりから、宮川湾真ん中の八景原付近までの海岸線にかけて、直角に近いほど鋭く切り立った絶壁が海に向かって続き、その真下には、さまざまな姿をした岩礁が、台地状に広がっている。長い歳月の間、隆起と沈降を繰り返して出来上がった海蝕風景だが、変化に富んだ眺めは見る者をいつまでも飽きさせない。

⇒ 松輪~白秋碑前周辺 ウォーキングマップ