鶴岡八幡宮の冬ぼたん
(鎌倉~長谷)

鎌倉駅(JR横須賀線)~鶴岡八幡宮(ぼたん庭園)~鎌倉大仏(高徳院)~長谷寺~長谷駅(江ノ島電鉄)
mark鶴岡八幡宮・ぼたん庭園(つるがおかはちまんぐう・ぼたんていえん)

 源氏池のほとりのぼたん園では、元旦からオープンする冬ぼたんが見頃になる。

冬ぼたん
冬ぼたん
神苑ぼたん庭園
神苑ぼたん庭園

冬ぼたん
冬ぼたん
冬ぼたん
冬ぼたん

鶴岡八幡宮のボタン
鶴岡八幡宮のボタン(花の名所100選)

 ぼたんの品種は300とも350品種ともいわれるが、ほとんどのぼたんは春に花を咲かせる。当庭園では、厳寒に美しい大輪の花を咲かすことができないものかと、長年の研究の結果、雪のちらつく冬のぼたんを開花させることに成功した。とくに雪の降った翌朝はアマチャカメラマンが大勢、押しかけるらしい。

雨の日の神苑ぼたん庭園
雨の日の神苑ぼたん庭園

冬ぼたん
冬ぼたん

冬ぼたん
冬ぼたん

冬ぼたん
冬ぼたん

冬ぼたん
冬ぼたん

mark鎌倉大仏(高徳院)(こうとくいん)
鎌倉大仏
鎌倉大仏(国宝)(国史跡)

 鎌倉大仏で有名な高徳院は浄土宗の寺院であり、大仏は仏身約11m、耳の長さ約2m、目の長さ約1mで銅造阿弥陀如来坐像である。手を膝の上におき上品上生印を結ぶ。目は切れ長で、やや猫背ぎみに両肩が迫り出している。衣は両肩にかかり、写実的である。また像の所々に金箔が残る。この像はただ大きいだけでなく、中国の宋の様式と慶派の影響を巧みに融合させ、鎌倉の仏像独特の美しさをつくりだしている。

創建当初大仏像の礎石
創建当初大仏像の礎石
鎌倉大仏
鎌倉大仏

 鎌倉大仏は当初大仏殿におさめられていた。『太平記』には建武2年(1335)、中先代の乱をおこした北条時行の軍勢が大風をさけて堂内にはいったところ、堂が倒壊し、500人余りが死んだことが記されている。その後も天災をこうむり、明応4年(1495)の津波で大仏殿はなくなり、露座の大仏となった。後世、何度か大仏殿修復の動きがおこったが実現していない。大仏の周りには今も大仏殿の礎石が残り、その巨大さをしのばせている。

観月堂
観月堂
与謝野晶子の歌碑
与謝野晶子の歌碑

 境内奥には、もとは朝鮮李王朝の月宮殿であった観月堂がある。堂内に徳川二代将軍徳川秀忠の念持仏と伝える聖観音が安置されている。
 観月堂の横には与謝野昌子の「かまくらや みほとけなれど釈迦牟尼は 美男におわす 夏木立かな」の歌碑が建っている。

mark長谷寺(はせてら)

 開基は藤原房前、開山は徳道上人といわれ、天平8年(736)の創建と伝えるが、大和長谷寺の縁起にならったものとみられるので、確実な創建年代はあきらかでない。長谷寺の梵鐘(国重文)に「文永元年(1264)」の銘があるので、このころには寺が完成し、鎌倉時代には栄えていたことがわかる。

観音堂
観音堂
宝物殿
宝物殿

 観音堂は、本尊の観音菩薩像とその前立や徳道上人像などが安置されている。十一両観音は高さ9mをこす巨大なもので、木造の観音像では日本最大である。足利尊氏・足利義満や徳川家康らの信仰も伝えられ、坂東三十三観音の第4番札所として知られる。
 宝物殿は、梵鐘・「嘉暦元年(1326)」銘の銅造十一面観音懸仏(国重文)・銅造鰐口・「長谷寺縁起絵巻」や、板碑・仏具・版木・宋銭など、数多くの文化財がときどき入れかえられながら展示されている。

2006.6.24 長谷寺の紫陽花youtube

 梅雨の季節には、40種類以上約2500株のアジサイが群生し、眺望はもとより「アジサイの径(こみち)」として散歩が楽しめる。

放生池
放生池
アジサイ
アジサイ

眺望散歩路
眺望散歩路
眺望散歩路のアジサイ
眺望散歩路のアジサイ

 放生池には、小さな千体地蔵(水子や、先亡諸霊の供養)が多数並んでいる。

経蔵横の竹林
経蔵横の竹林
竹林とアジサイ
竹林とアジサイ

 経蔵には輪蔵どよばれる回転式書架に一切経がおさめられている。この輪蔵を一回転することにより一切経を読むの同じ功徳があるといわれ、願いをこめて回って見る。

ヒメアジサイと西洋アジサイ
ヒメアジサイと西洋アジサイ
墨田の花火
墨田の花火

逗子マリーナ方面の眺望
逗子マリーナ方面の眺望

 お休処の見晴らし台は、材木座海岸・逗子マリーナ方面を望むことができる絶景ポイントである。

⇒ 鶴岡八幡宮周辺 ウォーキングマップ
⇒ 長谷周辺 ウォーキングマップ