二宮金次郎(尊徳)のふるさとを訪ねて
(新松田~富水)

新松田駅(小田急小田原線)~最明寺~酒匂川~小田原市尊徳記念館~富水駅(小田急小田原線)
mark最明寺(さいみょうじ)

 今日は暖かい春の陽気に誘われて、3ケ月間ご無沙汰していたウォーキングで長時間の歩きを心配していたが、小田急新松田から酒匂川沿いにのんびりと歩くことが出来た。最初に、国重要文化財を所蔵する真言宗で名高い最明寺を訪ねる。お寺の上には、早咲きの桜が咲いていた。

最明寺
最明寺
六地蔵菩薩
六地蔵菩薩

 最明寺は、鎌倉時代、浄蓮坊源延が信仰していた善光寺の阿弥陀三尊を模した像をつくり安置したのが始まりといい、もとは松田山にあった(現、最明寺史跡公園)。鎌倉幕府第五代執権北条時頼の保護をうけ栄えたが、15世紀後半この地に移ったと伝える。北条時頼坐像(非公開)は宝物殿にある。束帯姿で太刀をさし、笏をもったこの木造は、14世紀中ごろの作と考えられた像である。出家して最明寺入道となった時頼は、この寺の中興であることから、像がつくられたとも推測できる。
 六地蔵菩薩は、人間およびすべての生命あるものが、それぞれの業によって起き住むところを六種に分けそれぞれを地獄・餓鬼・畜生・終羅・人・天の六道という。地蔵菩薩はここにさまようすべての責苦を除き、悟りの彼岸に導くという。

相模善光寺堂
相模善光寺堂
足柄街道の松田惣領付近
足柄街道の松田惣領付近

 本堂右手の善光寺如来堂に、本尊阿弥陀如来三尊像(秘仏)がおさめられている。前立ちの善光寺式三尊のうち脇侍の勢至菩薩は古く、13世紀後半の作とも考えられる。また、寺には最明寺本として影印本が出版されている源信の『往年要集』の最古の写本(国重文)もある。この寺は相模善光寺として地域の信仰を古くから集め、8月20日の大祭には寺宝の一部も公開される。
 最明寺から足柄大橋に向かう「松田入口」の交差点近くに「足柄街道の松田惣領付近」(古道50選)の古道が残るが、今は昔の面影を見つけることは出来なかった。

mark酒匂川(さかわがわ)

 足柄大橋は酒匂川に架かる大きな橋で、富士山、箱根の山々(金時山は三角形の頂上のみ)などの見晴しが素晴しい。そして、大橋の東側にある「熊にまたがる金太郎」の姿も可愛らしい。

足柄大橋の金太郎
足柄大橋の金太郎
二宮尊徳ゆかりの松並木
二宮尊徳ゆかりの松並木

 足柄大橋から「酒匂川青少年サイクリングコース」を通り下流に向かって歩く。堤防沿いの歴史ある美しい松並み木が続き、散歩やサイクリングには最適な道である。

堤防の松並木
堤防の松並木
矢倉沢往還の吉田島付近
矢倉沢往還の吉田島付近

 途中、「二宮尊徳ゆかりの松並木」と「矢倉沢往還の吉田島付近」(古道50選)の写真を撮った後、酒匂川の川辺に降りて休憩を取る。堰堤に設けられた「漁道」にかかる水しぶきの清々しさから、春爛漫の陽気を感じさせてくれた。

酒匂川
酒匂川

 酒匂川は県西部に位置し、相模川に次いで2番目に大きな河川。源流は、富士山麓と箱根外輪山にある。静岡県内を流れる鮎沢川が、神奈川県に入ると酒匂川に名前を変える。酒匂川は、山北町谷ヶで、急峻な丹沢山地から流れ出る河内川と合流し、足柄平野を流下して、相模湾に注ぎます。幹線流路延長は約46km、流域面積582k㎡である。

mark小田原市尊徳記念館(おだわらしそんとくきねんかん)
小田原市尊徳記念館
小田原市尊徳記念館
「酒匂川の氾濫」の歴史
「酒匂川の氾濫」の歴史

 小田原市尊徳記念館は、「おだわら21世紀プラン」の4大イベントの一つである「二宮尊徳生誕200年祭の事業」として、旧尊徳記念館及び尊徳遺品陳列館に代えて、二宮尊徳についての学習の場として、また、広く社会教育の場として建設された。

あんどん下の読書
あんどん下の読書
夜通し勉強する金次郎
夜通し勉強する金次郎

 あんどん下の読書は、離散した一家を復興するために、昼は骨身をおしまず働き、その寸暇や夜を利用して、学問に精だした青年金次郎の様子をアニメーション映画で見ることができます。「あんどん下の読書」をする金次郎(人形)を再現し、「あんどん」の明るさを、夜中から朝方まて特殊照明により参観者も体験できる。

二宮尊徳 回村の像
二宮尊徳 回村の像
二宮金次郎像
二宮金次郎像

 二宮尊徳は天明7年(1787)7月、栢山村(小田原市)の農家の長男として生まれました。4歳の時、酒匂川の氾濫で田畑を流され、苦しい生活の中、13歳で父が病死し、15歳で母が亡くなり、弟2人と別れ、伯父万兵衛家で暮らしました。金次郎は働きながら一生懸命勉学に勤め、多くの自然の法則や人生の生きる道を学びました。そして、23歳で一家の再興を成した後、小田原藩の家老服部家の財政立て直しや五常識という信用組合のようなものを試みたりしました・・・(尊徳記念館の史料より)

二宮尊徳生家
二宮尊徳生家

 尊徳記念館敷地内にある二宮尊徳生家は、誕生してから16歳になるまで実際に住んでいた家。当時の姿のまま、誕生地に復元されている。この家は、江戸時代中期に金次郎の祖父銀右衛門が分家したときに建築したもので、約250年を経過しいる。

⇒ 新松田~富水周辺 ウォーキングマップ