小田原城の桜満開
(銅門・常盤木門・天守閣)(小田原)

小田原駅(JR東海道線)~小田原城~小田原駅(JR東海道線)
mark小田原城(おだわらじょう)
小田原城 天守閣
天守閣(景勝50選)

 戦国時代、大森氏を倒して関東に進出した北条氏は小田原城を本拠とした。北条氏は城を逐次改修し、総構をもつ巨大城郭を築くが、豊臣秀吉に攻められ開城する。徳川家康の関東進出により小田原城は江戸の西方を守る城となった。そして小田原藩・譜代大名の居城となり、関東の城しては珍しく天守も建てられた。

学橋
学橋
馬出門(再建)
馬出門(再建)

 馬出門は二の丸正面に位置する重要な門で、江戸時代の初期からこの場所に存在したと考えられるが、寛文12年(1672)に現在の姿に作り変えられたもの。平成17・18年度に石垣復元工事を、平成19・20年度で桝形の門と土塀の復元工事を行った。

常盤木門(再建)
常盤木門(再建)
銅門(再建)
銅門(再建)

 常盤木門は本丸の正面に位置し、小田原城の城門の中でも、最も大きく堅固に造られていた。古絵図などの記録から、江戸時代初期から設けられていたことが分かる。元禄16年(1703)の大地震で崩壊した後、宝永3年(1706)に、多聞櫓と渡り櫓から構成される桝形門型式で再建されたものが、明治3年(1870)の小田原城廃城まで姿をとどめていたといわれている。
 銅門は天守閣へ通じる登城ルート上に設けられた、二の丸の表門。扉の飾り金具に銅を使用していたことから、その呼び名がついたと言われている。当時の工法により平成9年(1997)に復元された。

小田原城址公園
小田原城址公園(公園50選)
桜と天守閣
桜と天守閣

 小田原城は、五代北条氏直の時代には、城下町すべてを囲い込む、日本最大の城郭だった。北条氏が滅び、関東に徳川家康が入封すると、家康は股肱の臣の大久保忠世に小田原城を与えた。とはいえ、江戸の近くにこのような巨城があるのは、敵に占領された場合に危険であるため、家康はみずから出向いて小田原城の外郭を取り壊し、規模を縮小している。

外堀
外堀
真鶴半島の眺望
真鶴半島の眺望

二の丸隅櫓(再建)
二の丸隅櫓(再建)(国史跡)

 毎年5月3日に催される小田原市最大の観光イベント「小田原北条五代祭り」と、南入口付近にある御感の藤は花の名所としても知られている。

花筏(はないかだ)
花筏(はないかだ)

2014.4.5 小田原城の桜(花吹雪)youtube

⇒ 小田原周辺 ウォーキングマップ