鎌倉の萩寺散策めぐり
(鎌倉~北鎌倉)

鎌倉駅(JR横須賀線)~宝戒寺~英勝寺~浄光明寺~海蔵寺~浄智寺~北鎌倉駅(JR横須賀線)
mark宝戒寺(ほうかいじ)
入口
入口
境内の白萩
境内の白萩

 十四代執権北条高時の邸跡に、後醍醐天皇を開基とし、円観恵鎮を開山として、建武2年(1335)、足利尊氏が建てたといわれる。二世の惟賢(普川国師)は足利尊氏の次男ともいわれ、寺領も多くある。

本堂前の萩
本堂前の萩(花の名所100選)

 9月中旬には、境内一面に白萩が咲き、萩寺として親しまれている。

本堂
本堂
本堂前の萩
本堂前の萩

 本堂の本尊地蔵菩薩坐像は胎内銘から貞治4年(1365)、三条法印憲円の作とわかり、京風の穏やかな表情をもち子育経読地蔵と呼ばれている。

境内の白萩
境内の白萩

梵鐘と白萩
梵鐘と白萩

mark英勝寺(えいしょうじ)
彼岸花
彼岸花
彼岸花
彼岸花

 鎌倉の彼岸花の名所といわれ、境内には9月中旬から下旬にかけて沢山の彼岸花咲き誇る。

彼岸花
彼岸花

 英勝寺は、お勝の方は徳川家康が死去して出家し、法名英勝院長誉清春を名乗り、寛永13年(1636)に英勝寺を建立し、徳川頼房の娘小良姫を玉峯清因と号して開山とした。以後水戸徳川家の姫が代々住持となり、「水戸様の尼寺」と称せられた。寺領420石は建長寺よりも多く、寺でありながら大名屋敷のようであり、水戸家御殿ともいわれた。

山門
山門
仏殿
仏殿(国重要文化財)

 仏殿は、寛永13年(1636)に建立されたという仏殿は、宝珠殿と称し禅宗建築の様式を取り入れ重層の5間四方の建物である。堂内中央には、三代将軍徳川家光からの寄進という本尊阿弥陀如来像と脇侍観音菩薩像・勢至菩薩像が安置されている。

紅萩
紅萩

書院
書院
書院
書院

竹林
竹林

 竹林は姫御殿跡である。

mark浄光明寺(じょうこうみょうじ)
山門
山門
鐘楼
鐘楼

客殿
客殿
客殿前の紅萩
客殿前の紅萩

 開基は鎌倉幕府六代執権北条長時で、延長3年(1251)の創建という。開山については、真阿(真聖国師)とされている。本尊の阿弥陀三尊像は宋(現在の中国)の影響を受けた美しい造形である。

不動堂
不動堂
不動堂前の紅萩
不動堂前の紅萩

mark海蔵寺(かいぞうじ)
入口
入口
本堂
本堂

 山号は扇谷山、開基は上杉氏定、開山は心昭空外(源翁禅師)といわれている。海蔵寺は五山・十剃・諸山のどれにも列していなかったが、扇谷上杉氏の保護をうけて栄え、往時には開山塔仏超庵をはじめ13の庵院の塔頭を数えたという。

山門前の見事な萩
山門前の見事な萩

 鎌倉の萩寺で知られ、中でも山門前の両側に咲き誇る萩は見事である。

山門前の紅萩
山門前の紅萩

紅萩
紅萩
アゲハ蝶
アゲハ蝶

白萩とキンモクセイ
白萩とキンモクセイ
白萩
白萩

 海蔵寺から亀ヶ谷坂切通しへ向かう途中、萩やキンモクセイのある家並が見られた。

mark浄智寺(じょうちじ)
山門前
山門前
山門
山門

 山門の「寶所在近」は、宝物は近くにある、という禅の言葉。宋から招いた無学祖元(仏光国師)が書いたと伝えられている。

鐘楼門
鐘楼門

 開基は北条師時で、弘安4年(1281)に没した父宗政(五代執権北条時頼の3男)の菩提をとむらうために宗政の夫人とともに創建したと伝えている。開山は渡来宋僧兀庵普寧(宗覚禅師)、請待開山は同じく渡来宋僧大体正念(仏源禅師)、準開山は南州宏海(真応禅師)となっている。
 延宝7年(1169)建立の鐘楼門、2階に「暦応3(1340)年」銘の梵鐘が掛かっている

曇華殿(仏殿)
曇華殿(仏殿)
仏殿前の白萩
仏殿前の白萩

 仏殿には本尊三世仏がまつられているが、三世仏は鎌倉の寺院では珍しい。左の阿弥陀如来は過去、中央の釈迦如来は現在、右の弥勤菩薩は未来をあらわす仏である。

書院
書院
書院から庭への眺め
書院から庭への眺め

棟門
棟門
徳川家の家紋「葵紋」
徳川家の家紋「葵紋」

鐘楼門前のススキと萩
鐘楼門前のススキと萩

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