松山城

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二之丸史跡庭園
二之丸史跡庭園
隠門
隠門
(国重要文化財)

 隠門は、筒井門の奥の石垣の陰に隠された、埋門形式の櫓門で、戸無門から筒井門に迫る敵の背後を急襲する構えとなっている。脇戸を持たず、扉の横板張りの中に潜戸を仕込むなど規模は小さいが、豪放な構えで、続櫓外部の下見板張りや、格子窓形式の突揚げ戸などとともに、築城当時の面影を見ることができる。

大手門跡より
大手門跡より

 松山城は、海抜132mの勝山山頂に本丸、中腹に二之丸(堀の内)を置く連郭式平山城で、敵の侵入を防ぐため、二之丸を取り囲むように山麓から本丸にかけて、全国的にもめずらしい「登り石垣」が配置されている。松山城の創設者は加藤嘉明である。慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いにおいて徳川家康側に従軍し、その戦功を認められて20万石となった嘉明は、同7年に伊予正木から道後平野の中央にある勝山ら城郭を移すため、普諸奉行に足立重信を命じて地割を行い工事に着手した。翌8年(1603)10月に嘉明は居を新城下に移し、初めて松山という名称がついた。

大天守
大天守
(国史跡)

 大天守は三重三階地下一階の層塔型天守で、黒船就航の翌年落成した江戸時代最後の完全な城郭建築。また、現存12天守の中で、唯一、築城主として瓦には「葵の御紋」が付されている。小天守は、二重櫓、小天守東櫓とも呼ばれ、大手(正面)の二之丸・三之丸方面を監視防衛する重要に位置にある。大天守、小天守、隅櫓を廊下で互いに結び、武備に徹したこの天守建造物は、わが国の代表的な連立式城郭といわれている。

大天守と小天守
大天守と小天守
(国重要文化財)
大天守と南隅櫓
大天守と南隅櫓
大天守の展示室
大天守の展示室
大天守の展示室
大天守の展示室
大天守の展示室
大天守の展示室
大天守の展望
大天守の展望
28サンチ榴弾砲
28サンチ榴弾砲
リフト
リフト

 28サンチ榴弾砲は、明治時代に実際に使われたものでのレブリカで、スペシャルドラマ「坂の上の雲」の撮影に使われたもの。

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