高幡不動尊 あじさいまつり

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・高幡不動駅(京王線)〜高幡不動尊〜高幡不動駅(京王線)
山アジサイ
山アジサイ

 全山であじさい・山アジサイの種類は約200種類。そのうち全国から集められている250種、約700株のいろいろな山アジサイも可憐な姿を見せてくれる。

参道
参道
仁王門
仁王門(国重要文化財)

 仁王門は当初楼門として建立されたが途中で変更され、楼上の主要部分を覆う様な形で切妻の屋根がかけられた。昭和34年(1959)解体修理にあたり楼門に復元された。

不動堂
不動堂(国重要文化財)
奥殿
奥殿

 真言宗智山派別格本山、高幡山明王院金剛寺は古来関東三不動尊(成田不動尊大山不動尊)の一つとして挙げられ高幡不動尊として親しまれている。その草創は古文書によれば大宝年間(701)以前とも或いは奈良時代行基菩薩の開基とも伝えられる。
 奥殿の木造不動明王像及び両童子像(国重要文化財)。関東地方唯一の平安時代作の巨像である。南北朝時代に大修理を受けているが気宇の大きな造形は関東武士勃興期の気分を十分に伝えている。古来日本一の不動三尊と称せられ火炎を含めた三尊の総重量は1,100kgを超す。

土方歳三像
土方歳三像
近藤勇・土方歳三顕彰碑
近藤勇・土方歳三顕彰碑

 土方歳三は天保6年(1835)、多摩(日野市内石田)の豪農の子として生まれた。10人兄弟の末っ子だったという。歳三は、武士になりたいと願い、木綿問屋に奉公したり薬の行商をしたりしつつ、剣術の稽古に励んでいたという。土方は、義兄の開いていた天然理心流の道場に指導に来た近藤勇と出会い、25歳で近藤の試衛館に入門した。腕を磨いた土方はその4年後、十四代将軍徳川家茂警護の「浪士組」に近藤と共に参加、京へ赴いた。京では引き続き長州藩の尊攘過激派らの掃討に活躍し、「新選組」副長に抜擢された。

高幡不動尊のあじさい
2012.6.10 高幡不動尊のあじさいyoutube

五重塔
五重塔
修行大師像
修行大師像

 五重塔は平安時代初期の様式で建てられた美しい塔で、和様、三手先出組、青銅瓦、塔高40m、総高45mである。

大師堂
大師堂
聖天堂
聖天堂

 大師堂は多摩四国八十八ヶ所、山内四国八十八ヶ所の第八十八番打ち止めの霊堂。
 聖天堂は聖天さまは歓喜天とも呼ばれ、象頭人身の男女二神が抱擁しているお姿。夫婦円満・恋愛成就の神として又事業繁栄・商売繁盛の神として信仰を集めている。

大日堂
大日堂
芭蕉句碑
芭蕉句碑

 大日堂は高幡山の総本堂で数多の尊像が安置されている。昭和62年(1987)根本改修工事が完了し、鎌倉時代様式の堂に復元された。鳴り龍天井(龍の下で手を打つと妙音を発し、願い事が叶うと伝える)や江戸時代の優れた彫刻群、新撰組の近藤・土方の位牌、後藤純男画伯の豪快な襖絵等を拝観できる。
 芭蕉句碑
  名月に ふもとの霧や 田のくもり

山アジサイ(墨田の花火)
山アジサイ(墨田の花火)

西洋アジサイ
西洋アジサイ
山アジサイ(乙女の舞)
山アジサイ(乙女の舞)
誓子句碑
誓子句碑
山アジサイ(美方八重)
山アジサイ(美方八重)

 誓子句碑
  如来出て 掌に受け給ふ 枝垂梅

豊泉寮
豊泉寮
五部権現社
五部権現社

 豊泉寮は八王子の豪商、豊泉吉兵衛翁・かつ子夫人の寄進になる重厚な建築で、茶席「緑豊軒」「汲泉亭」として利用されている。
 五部権現社は寛文11年(1671)再建の貴重な江戸初期の建築物であるが、ここに祀られてあった位牌型の神牌5基には「暦応3年(1340)」の銘があり、神仏習合の資料として注目される。また、「文永10年(1273)」の銘がある銅製鰐口など、多くの宝物が伝えられている。

山アジサイ(武蔵野)
山アジサイ(武蔵野)

山アジサイ(紅)
山アジサイ(紅)

知足庵
知足庵

 数寄屋造りの知足庵、書院造りの寂斉が設けられている。

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