松江のシンボル「松江城」

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松江城(千鳥城)
松江城(千鳥城)
(国史跡)

 堀尾吉晴が慶長16年(1611)、4年の歳月をかけて完成、以来堀尾三代、京極一代、松平十代、18万6000石の居城として松江の歴史をつくりあげてきた。天守からは松江の町が一望できる。城の一帯は城山公園と呼ばれ、春は桜が咲き競い、夏は蝉しぐれが街の雑踏をしばし忘れさせてくれる。白鷺城とよばれる姫路城の白壁に対して、簡素な木造黒塗りの外観で、千鳥城の別称がある。

二之丸下の段
二之丸下の段
二之丸
二之丸

 この二之丸下の段は、江戸時代に米蔵や屋敷などのあったところである。米蔵に貯えられた米は主として藩士の扶持米に供されていたが、洪水や飢饉が、しばしば発生するようになったので、米蔵を増築し、より多くの備蓄米を貯えるようになった。
 本丸南側の一段低い平地で、江戸時代には中央に御書院があり松平家二代藩主綱隆の時まで藩主の居宅となっていた。御書院の北には御殿女中の住居である局長屋、南には御月見櫓などがあった。

三ノ門跡下
三ノ門跡下
三ノ門跡
三ノ門跡
二ノ門跡
二ノ門跡
一ノ門
一ノ門
天守
天守
(国宝)

 松江城天守は、地下1階を含めて5層6階の独立天守である。戦国時代の遺風を残した実践的な造りが随所にみられる。例えば、白壁が少なく板張りで、壁面には鉄砲・弓矢用の隠狭間と石落としが多数設けられている点などがある。全国に現存する12天守の一つで、天守の平面規模では2番目、高さでは3番目、古さでは4番目である。平成27年(2015)5月に国宝に指定された。

天守最上階
天守最上階
松江の町
松江の町

 天守の起源の一つは四方を展望できる望楼である。五重の最上階は手すり(高欄)を巡らし、壁のない360度展望のきく望楼で、展望台・司令塔の役割をもっている。鯱は、木造銅張り、向かって左が雄で鱗があらく右が雌。高さ2.08mあり、現存木造のものでは日本最大である。入母屋破風は、入母屋の屋根の三角形の部分をいい、天守の美観を構成する重要な部分である。望楼とともに桃山時代の様式を継承している。

宍道湖
2012.7.29 真夏の松江城 youtube
松江神社
松江神社
石垣
石垣

 松江神社は徳川家康と松平直政をまつっている。家康は寛永5年(1628)建立の西尾町圓流寺の山上に東照宮としてまつられていた。一方、直政は西茶町の須衛都久神社に合祀されていたが、明治10年(1877)に西川町へ遷され、独立して楽山神社となった。この両社を、明治32年(1899)に現在地に合祀して創建されたのが松江神社である。この後、昭和6年(1931)に堀尾吉晴と松平波治郷を祭神に加え、今日に至っている。
  石垣は、打込はぎといって石切り場で切り出した石の平坦な面の角をたたきつき合わせやすくした積み方がほとんどで、慶長年間に築かれた城によく見られる。また、自然石やその割石を積んだ野面積や石を全面加工した切込はぎも一部見られる。

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