奥能登一周
(輪島朝市・白米の千枚田・見附島)

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輪島朝市
輪島朝市

 朝市駐車場のある海岸通りの1本手前の河井町本町商店街が、輪島の朝市が開かれる通称「朝市通り」である。およそ350mの通りに、250軒前後の露店が並ぶ。輪島の市は、遅くとも室町時代には存在していたようだ。近世には、河井町が4のつく日に現在の本町通りで、鳳至町が9のつく日に住吉神社の境内で、あわせて月6回の六斎市が開かれていたという。安永6年(1777)に太田道兼が著した地誌『能登名跡志』には、「諸商に便よく四九の日市あり」とある。しかし、昭和30年代に幕開けした奥能登観光ブームは、朝市の光景を一変させた。市民の台所としての性格が薄れ、観光客相手に民芸品などを並べる露店もふえた。

「天然わかめ」売り
「天然わかめ」売り
のどぐろ(和名 赤むつ)
のどぐろ(和名 赤むつ)

 のどぐろは、佐渡、富山県、石川県、山陰では高級魚として扱われる。

輪島漆器
輪島漆器
漆のお箸
漆のお箸

 輪島が漆器の一大産地となった理由としては、近くに原材料である「ケヤキ」「アテ(能登ヒバ)」などが豊富に生育し、加賀藩が「ウルシ」の植林を奨励したこと、沖合いを対馬暖流が流れ、漆の乾燥に必要な湿潤な気候に恵まれていたことなどが考えられる。おそらく、地域の寺や神社の椀・膳をつくったのが始まりである。
  17世紀後半には、珪藻土を粉末にした「地の粉」を下地に用いる技法が確立し、堅牢な漆器として知られるようになった。諸国より敦賀湊への入津品に「輪島そうめん・同椀」とあり、京・大坂方面へ商品として運ばれていた。18世紀後半には沈金技法が、19世紀前半には蒔絵技法が導入され、輪島塗は全国に名声を博した。明治時代以降は製品に芸術性が加わり、多数の漆芸作家が誕生した。今日では、日本を代表する漆芸の里となっている。

九谷焼
九谷焼

九谷焼
九谷焼

白米の千枚田
白米の千枚田(国名勝)

 山裾の急斜面を、荒波の打ち寄せる波打ち際まで階段状に切り開いた棚田で、1000枚を超える小さな水田が、幾何学模様に配されている。大規模な地滑りで、水田の大半が失われたこともあったが、再び開田されて、今日に至る。奥能登の水田開発の歴史を物語る、重要な遺産である。17世紀につくられた谷川用水が今も利用され、田植えの頃、豊かにたたえられた水面に夕日が映える情景は、幻想的でさえある。しかし、人力に頼るしかない棚田の維持管理は、高齢化が進む地元住民だけでは限界があり、輪島市はオーナー制度やボランティアの協力を得て、日本の原風景を思わせる景勝と農村文化を後世に残そうとしている。

白山神社
白山神社

御陣乗太鼓之地碑
御陣乗太鼓之地碑

 名舟町の白山神社で、別名奥津比盗_社ともいう。もとは、名舟村領だった舳倉島を漁場とする人びとが、航海の守護神をまつる奥津比盗_社を遥拝する神社と考えられる。毎年7月31日の名舟大祭の夜、神輿渡御の先駆けをつとめる太鼓山に、夜叉・爺・幽霊などの異様な仮面と衣装を着けた者が2人ずつ乗り込み、つぎつぎに太鼓を打ち鳴らす。これが、輪島市名舟御陣乗太鼓(県民俗)である。天正年間(1573〜92)、能登に侵攻した越後の上杉謙信勢を、この太鼓と仮面で追い返したとの伝承がある。

曽々木海岸の窓岩
曽々木海岸の窓岩(国名勝)(国天然記念物)

新浦海岸の垂水の滝
新浦海岸の垂水の滝

 曽々木海岸の窓岩は「窓岩」を中心にして、西は町野川河口から東は垂水の滝までの約2kmで、豪快な岩礁が続く野生味あふれる海岸である。岩倉山の断崖が人びとの行く手を阻み、「能登の親不知」とよばれる難所であった。寛政年間(1789〜1801)、断崖に細路を開削した珠洲市片岩町海蔵寺(曹洞宗)の8世麒山瑞麟の石像が、曽々木ポケットパークに立つ。曽々木では、毎年5月11日夜に麟山祭を行う。
 曽々木海岸から八世乃洞門新トンネルを抜けると、真浦海岸である。垂水の滝が、高さ35mの断崖から直接日本海にそそぎ、冬は季節風に吹き寄せられた波の花が舞う。ここから仁江町にかけては、千畳敷とよばれる岩礁の彼方に沈む夕陽が美しい。真浦バス停手前の坂道を少しのぼった所に、帆立岩とよばれる巨大な岩があり、俳人水原秋櫻子の句が刻まれている。

すず塩田村
すず塩田村

赤神海岸のゴジラ岩
赤神海岸のゴジラ岩

 能登半島の製塩は、古墳時代の土器製塩に始まり、殊洲市三崎町の森腰浜遺跡などでは、底が棒状に尖った製塩土器が大量に出土している。鉄釜使用の揚浜式製塩法が広まったのは、江戸時代初期のことである。

赤神海岸
赤神海岸

つばき茶屋
つばき茶屋

 木ノ浦海岸は国定公園特別保護区に指定され、透明度の高い海中公園、珠洲の市花ヤブツバキの原生林で知られる。海に沈む美しい夕日の写真スポットである。椿展望台近くには、つばき茶屋がある。

椿展望台からの木ノ浦海岸
椿展望台からの木ノ浦海岸

禄剛崎灯台
禄剛崎灯台

日本列島ここが中心
日本列島ここが中心

 最はての岬に立つ白亜の禄剛埼灯台は、明治16年(1883)7月10日、石川県最初の洋式灯台として初めて点灯した。「日本の灯台の父」とよばれる、イギリス人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンの基本設計に基づき、初めて日本人だけで建設した灯台である。正面の記念額に、「菊の紋章」が掲げられているのは、全国の灯台でもここだけである。

禄剛崎灯台の眺め
禄剛崎灯台の眺め

 海に突き出た禄剛崎から、晴れた日には東から順に、立山連峰・米山・佐渡島・七ツ島がみえる。太陽が海からのぼり海に沈む光景に出会える、全国でも数少ない場所である。

見附島(軍艦島)
2014.8.3 奥能登一周(和倉温泉・輪島朝市・禄剛崎灯台・見附島)youtube

 見附島は標高28mの頂には照葉樹が茂り、比較的単調な内浦海岸にアクセントをつけている。この島を形成している黄白色の地層は、飯塚珪藻泥岩とよばれる堆積岩の一種である。別名軍艦島とよばれ、親しまれている。

奥能登一周
(輪島朝市・白米の千枚田・禄剛崎灯台・見附島)

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