岡山城天守(烏城、金烏城)

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 室町時代に生まれた岡山城は、戦国期に勢力を伸ばした宇喜多氏が改修し近世城郭となり、小早川・池田氏により整備、拡張が行われた。旭川河口部の丘陵部に築かれた城は旭川を天然の堀として利用し、外観五重・内部六階の天守が築かれた。建てたのは秀吉との緑が深い字喜多秀家で、大坂城の影響を受けた格調高い天守が建っていた。

内下馬門枡形の石垣
内下馬門枡形の石垣
鉄門跡から見上げる不明門
鉄門跡から見上げる不明門
不明門
不明門
不明門
不明門

 昭和41年(1966)に天守とともに再建された。上階の出格子は、柱や長塀とともに、白木(削ったままの何も塗っていない木)を見せていた。

再建天守
再建天守
国史跡

 天守は外観五重・内部六階で高さ約15mの石垣上に約22mの建物が載っている。天守台平面は著しく不整形な五角形で、天守台にあわせた天守平面も不整形となる。天守台一重目の東西の幅は約24〜30.5m、南北の奥行は約13〜17mであり、二重目もほぼ同じ大きさである。二重目の屋根は巨大な入母屋道であり、三階はその屋根裏階となる。四階で ある三重目は再び入母屋造の大屋根とし、その上に二重の望楼(大屋根上の物見)である五階(四量目)・六階(五重目)を載せた望楼型天守である。

金鯱
金鯱

月見櫓
月見櫓
国重要文化財

 月見櫓は本丸中の段の北西隅にある。一階が5x4間で、地上二階、地下一階である。城外側は二重で、城内側は地階に屋根がつくため三重に見える。池田忠雄のときのものと伝えられる。変則的な櫓で、櫓からの眺望を考慮して、城内側に開放的であり、櫓では珍しく最上階に廻縁がつく。最上階を載せる屋根は、入母屋破風があるので望楼型に分類されるが、入母屋破風は城外側のみある。壁を古式な下見板張とせず、平面が正方形に近いので、実質的には新式である層塔型がベースの櫓である。

廊下門
廊下門
月見橋
月見橋

 廊下門はの上屋は本段(住居)と中の段表書院(藩庁)を結ぶ城主の通路として、使われたためこう呼ばれた。昭和41年(1966)に鉄筋コンクリートで再建された。

岡山城跡(国史跡)
2015.6.27 岡山城跡(国史跡)
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