松平郷(松平東照宮・高月院)

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東岡崎駅(名鉄名古屋本線)~松平郷~大樹寺~岡崎城~東岡崎駅(名鉄名古屋本線)

正面鳥居
正面鳥居
「松平氏遺跡 松平氏館跡」碑
「松平氏遺跡 松平氏館跡」碑
松平東照宮正面の鳥居横に「松平氏遺跡 松平氏館跡」の碑がある。堀に囲まれたこの区域は、松平太郎左衛門家が代々居館を構えた館跡である。
松平東照宮 社殿
松平東照宮 社殿(国史跡)
この地に東照宮が勧請されたのは元利5年(1619)で、氏神であった八幡社に合祀され、「権現様」として親しまれた。現在の東照宮の地に社殿が造営されたのは、明治になってからであり、昭和40年(1965)には、松平氏始祖親氏が合祀されて松平神社と称し、昭和58年(1983)には改めて八幡神社松平東照宮と称することになった。東照宮前の松平郷館には、室町時代の作と推定される僧形の木像松平親氏坐像をはじめ、松平氏にまつわる数々の遺品が展示示されている。
社殿扁額
社殿扁額
本殿
本殿
親氏のあと、松平氏は二代泰親・三代信光の代に君津から岡崎野へと進出をはたしたが、この地には三代信光の兄信広がとどまり太郎左衛門家をうけついだ。松平郷松平家は、その後苦難の道を歩むが、関ヶ原の戦いと大坂の陣で軍功をだてた九代松平尚栄が、松平・林添に領地440余石を安堵され.以後旗本交代寄合として課役免除・隔年正月江戸参府など1万石以上の大名に準ずる扱いをうけた。東照宮の石垣をめぐらした水堀は尚栄が整備したものといわれ、江戸時代初期の居館の面影を残している。太郎左衛門家は、その後、明治に至るまで代々この地に居住した。
産湯の井戸
産湯の井戸
産湯の井戸
産湯の井戸
東照宮右奥の木立を進むと、八幡社の前庭に松平家代々の産湯として用いられた産湯の井戸がある。天文11年(1542)、竹千代(家康)が岡崎城で誕生した際、この井戸からくみあげた水を竹筒につめて早馬でとどけたといわれている。現在では4月の東照宮例祭の前夜に、この井戸でお水取りの儀式が厳粛に行われている。
手水舎
手水舎
松平信博碑
松平信博碑
松平信博碑は、作曲家松平信博の代表作「侍ニッポン」の最初の作詞は西條八十氏で、この碑文を書かれたのも西條氏である。信博氏は松平太郎左衛門家の第二十代にあたる。
松平親氏銅像
松平親氏銅像
松平親氏銅像
松平親氏銅像
東照宮をあとに奥へ進むと、すぐ右手に松平太郎左衛門親氏の銅像がある。
 松平親氏は伝承によれば、南北朝の動乱期、東国から諸国を流浪してこの地にやってきた時宗の遊行僧徳阿弥は、当地を拠点としていた土豪在原太郎左衛門信重に見込まれ、女婿となって家督をついだ。松平郷主太郎左衛門家をついだ徳阿弥は、還俗して松平太郎左衛門親氏と名乗り、ここに松平氏の基礎を築いた。
天下茶屋
天下茶屋
見初めの井戸(七つ井戸)
見初めの井戸(七つ井戸)
松平郷園地内にある「天下茶屋」では、うどん・そばなどのお食事や、天下もちなどの甘物などが食べられる。
 見初めの井戸は、その昔、在原家の屋敷には七つの井戸があり、その一つが「見初めの井戸」である。
散歩路(室町塀)
散歩路(室町塀)
水池跡
水池跡
高月院に至る250m の遊歩道治しいの「室町塀」や「冠木門」は、室町期の歴史景観がある。
総門
総門
総門
総門
総門や本堂は、寛永18年(1641)に徳川家光によって建てられたもの言われている。
高月院本堂
高月院本堂(国史跡)
寺伝によれば、高月院は貞治6年(1367)、在原太郎左衛門信重の庇護をうけて、見誉寛立上人(足助次郎重宗の2子重政といわれる)を開山に寂静寺として創建された。信重の女婿となった親氏は、上人に深く帰依して本尊阿弥陀如来をはじめ堂塔を寄進し、寺名を本松山高月院と改めて松平氏の菩提寺とした。慶長6年(1601)、徳川家康は板倉勝重に命じて寺領100石を寄進し、以来歴代将軍より将軍家先祖の菩提寺として手厚く保護された。
境内
境内
「松平氏遺跡 高月院」碑
「松平氏遺跡 高月院」碑
松平氏墓所(国史跡)
松平氏墓所
墓塔
墓塔
徳川家康(松平氏九代)の祖先である松平氏の墓所である。歴代住職の墓地より一段高い石垣上にあり、中央に松平氏の始祖である親氏の墓塔、右に三代泰親、左に四代親忠夫人の墓塔が配されている。
 墓塔は三基とも花崗岩製の宝篋印塔で、室町時代中期から後期のものと思われるが、いずれも一部が欠損している。四代親忠夫人の墓があるのは、親忠の第四子超誉存牛上人が高月院第七代住職であるため、母を祖先の陵墓の地に葬ったものと思われる。
徳川宗家第十七代家正公御手植
徳川宗家第十七代家正公御手植
徳川宗家第十八代恒孝公御手植
徳川宗家第十八代恒孝公御手植
秩父宮妃殿下御手植
秩父宮妃殿下御手植
秩父宮殿下御手植
秩父宮殿下御手植
徳川義久公御手植
徳川義久公御手植
仏足石
仏足石
仏足石はお釈迦さまの足跡。インドにおける仏足石は、お釈迦の代理を意味し、そこで説法されたことを示す。
鐘楼
鐘楼
本松山三十三観音
本松山三十三観音
東岡崎駅へ left right 大樹寺へ