犬山城

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・犬山駅(名鉄犬山線)〜犬山城〜犬山駅(名鉄犬山線)
石畳の坂
石畳の坂
本丸門
本丸門

  本丸門は登城道最後の本丸門入口の門で、外側が鉄で防禦されていたので鉄門と言われていた。注)現在の本丸門は旧門とし関係ない。
 天文6年(1573)に尾張上四郡を支配する尾張氏の一族、織田信康が近くの木ノ下城から移り、築城した。信康は美濃侵攻を企て、斉藤道三とたびたび戦ったが成功せず、その子信清は織田信長に城を追われ、犬山城は信長の領有に帰した。この城に関する戦いは、天正12年(1584)に豊臣秀吉と徳川家康が小牧・長久手で戦ったとき、その前哨戦で池田恒興が、当時徳川方だったがこの城を奪取したことで有名である。秀吉は犬山城を本陣にして、小牧山城の家康と睨みあった。

犬山城 天守
犬山城 天守(国宝)

 白帝城とも呼ばれ、愛知県と岐阜県の境を流れる木曽川南岸の独立丘を利用して築かれた平山城である。本丸に建つ、3層4階の天守は、丸岡城天守や松本城天守などとともに国内最古の天守といわれてきた。この天守は当初、天文6年に築かれた美濃金山城の天守を、慶長4年(1594)に現在の位置に移築し、若干の改造が加えられたと考えられていた。しかし、昭和36〜40年(1961〜65)に行われた解体修理の結果、移築説は否定される。

木曽川と犬山大橋
木曽川と犬山大橋
木曽川下流
木曽川下流

 中部地方の南西部、長野・岐阜・三重の三県にまたがって流れる川。源を飛騨山脈の鉢盛山付近に発し、木曽谷を南流、福島町の下流で王滝川を合わせる。恵那峡・日本ラインなどの峡谷をつくっ

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