金華山・岐阜城

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金華山ロープウェイ
金華山ロープウェイ
リス村
リス村

 岐阜公園と金華山の山頂を結ぶ金華山ロープウェイ 。四季の自然美と眼下の長良川の景観が楽しめる。山頂から徒歩7分ほどで岐阜城へ上がることができる。
 まだ子供が幼かった頃(尾西市居住)、休日の日にはよく家族4人でハイキングしながら金華山へ登ったことがある懐かしい場所。今回は親戚の方と妻の三人で訪れ、岐阜公園からロープウェイで金華山に上がり、美しくなった岐阜城の写真を撮った。

天守へ向かう
天守へ向かう
織田信長像
織田信長像

 信長は、尾張の武将、織田信秀の子として天文3年(1534)に誕生。父信秀は、勝幡城の一城主にすぎなかったが、やがて那古野城を奪い、尾張最大の勢力に成長する。ところが、信秀は42歳で急逝。父の遺志を継いだ信長は、尾張平定に乗り出した。

岐阜城跡
岐阜城跡
(国史跡)

 金華山は古くは稲葉山とよばれ、鎌倉時代以来、何代にもわたって城が築かれたとされているが 城下町を伴った本格的な城郭を構えたのは、戦国大名斎藤道三が天文年間(1532−55)に入城してからのことと思われる。この稲葉山城は、道三からその子の斎藤義龍、孫の龍輿と継承されたが、道三の女婿で隣国尾張国の織田信長が、永禄10年(1567)、龍輿を滅ぼして入城した。『信長公記』などでは信長が入城に際して、古代中国・周王朝発祥の地にちなんで「岐阜」「岐山」「岐陽」などの候補から「岐阜」の名を選んだとしており、このころより「井之口」とよばれていた町の名も「岐阜町」と称するのが一般的となった。

長良川と「世界イベント村ぎふ」(中央上)を望む
長良川と「世界イベント村ぎふ」(中央上)を望む

天守閣
2006.1.23 戦国探訪 岐阜城youtube

ぎふ長良川の鵜飼
2009.8.15 ぎふ長良川の鵜飼youtube

 鵜飼の歴史は古く、『古事記』にも記載がある。大宝2年(702)の「御野国戸籍」(『正倉院文書』)に「鵜養部」があることなどから、地元では、長良川鵜飼の歴史を1300年としている。
 長良川の鵜飼は 5月11日から10月15日まで 中秋の名月の日と増水の日をのぞく毎晩開催されている。鵜舟には鵜匠と、とも乗り・なか乗りの2人の舵取りが乗り、「ホウホウ」という鮎狩りのかけ声をかけ、船縁をたたいて鵜を操りながら川をくだってくる。
 クライマックスは 全部で6艘の鵜舟が.川幅いっぱい横一列に広がって漁をする、総がらみである。舶先にたって、1人で10−12羽の鵜を操る鵜匠の装束は、風折烏帽子に紺の単衣・胴あて、腰蓑に足半とよばれる半分しか長さのないわらじを履いた独特のもので平安時代の宮中の鵜飼の名残りをとどめるものだといわれている。

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