岡城跡

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登り口
登り口

 坂道をのぼり詰めた所に、岡城会館と駐車場がある。そこから約3分で、大手門下に出る。城跡内には、本九・二の丸・三の丸・西の丸跡や、武家屋敷・櫓・馬場・倉の跡など一ある。

岡城跡
岡城跡(国史跡)

 その外観から、臥牛城ともよばれる平山城である。文治元年(1185)に、緒方三郎惟栄が、源義経を迎えるために築き、建武年間(1334〜38)に志賀貞朝が拡張したといわれる。豊薩合戦(1586〜87)で島津軍が落城できなかったことから、難攻不落の名城として、名を高めた。文禄3年(1594)、中川秀成が播磨国三木(現、兵庫県)から岡6万6000石(のち7万石)に転封され、以降、中川氏十三代の居城となった。

滝廉太郎像
滝廉太郎像

晩秋の紅葉
晩秋の紅葉

 本丸跡には「荒城の月」の詩碑が、二の丸跡には滝廉太郎像が立ってい。廉太郎像は、豊後大野市朝地町出身の朝倉文夫の制作である。
 滝廉太郎は明治12(1879)に長男として東京で生まれたが、大久保の暗殺後は父の地方転勤が続き、横浜・富山・大分・竹田の地を転々とした。廉太郎と音楽の出会いは、家内にあったバイオリンやハーモニカであった。横浜在住時に父が購入したこれらの西洋楽器によって、転校続きの寂しさを癒し、音楽に興味をもつようになる。音楽の世界へ進むことを決意するようになったのは、直入郡高等小学校4年のときに、オルガンの指導を受けた後藤由男や、音楽学枚への入学に反対する両親を説得し、支援した従兄大吉の存在が大きい。

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