明治神宮~明治神宮御苑
(原宿~代々木)

原宿駅(JR山手線)~明治神宮~明治神宮御苑~代々木駅(JR山手線)
mark明治神宮(めいじじんぐう)
外国人参拝客
外国人参拝客
奉献葡萄酒樽
奉献葡萄酒樽

 奉献葡萄酒樽は「和魂洋才」を旨とし、我が国の伝統のこころを守りつつ、西洋の優れた文物を採り入れた明治時代。御在世中、まさに国民の模範となって近代化を推し進められた明治天皇は、断髪、洋装をはじめ、衣食住の様々な分野においても西欧文化を積極的に採り入れられました。食文化においても率先して洋食をお召し上がりになり、西洋酒としては特に葡萄酒をお好みになられました。ここに奉供されております葡萄酒樽は、ブルゴーニュ東京事務所代表でブルゴーニュ名誉市民、シャトー・ドゥ・シャイイホテル・オーナーでもある佐多保彦氏の呼びかけにより、葡萄酒産地として名高いフランス共和国ブルゴーニュ地方は醸造元各社より献納されたものである。

奉献清酒菰樽
奉献清酒菰樽
大鳥居 (第二鳥居)
大鳥居 (第二鳥居)

 明治神宮の御祭神 明治天皇様は、明治の御代に我が国の様々な産業を推奨し技術の振興に御心を注がれ日本の興隆と近代化を成し遂げられた。また、我が国の国母と慕われた昭憲皇太后様と共に両御祭神の広大無辺な御聖徳は国民ひとしく仰ぎ奉るところである。ここに奉供されています菰樽は、ご縁を似て永年当神宮へ奉納を頂いております甲東会を始め、敬神会会員、また全国各地の敬神の念厚き酒酒蔵家より献納されたものである。
 大鳥居は、我が国で最も大きい木造の「明神鳥居」。昭和50年12月23日建替竣功、篤志家により奉献。型式寸法共に大正9年創建の鳥居に同じ。原木は台湾丹大山の樹齢1,500年に及ぶ偏柏。高さ12m、柱と柱の間9.1m、鳥木の長さ15.5m、柱の径1.2m、笠木の長さ17mである。

明治神宮(第三鳥居)
明治神宮(第三鳥居)
楼門
楼門

外拝殿
外拝殿

 北部は肥後熊本藩主加藤清正の屋敷であったが、2代目忠広が改易にあい、彦根藩井伊家の下屋敷となった。維新後皇室の南豊島御料地となり、大正4年(1915)から20年にかけて明治天皇・昭憲皇太后を祀る明治神宮が造営され、今日に至っている。境内22万坪には、全国から献木され12万本の木が森林に育っている。かって彦根藩邸であった頃モミの大木があって代々木と呼ばれたという。代々木の地名起源説の一つである。

mark明治神宮御苑(めいじじんぐうぎょえん)
北門
北門
隔雲亭入口
隔雲亭入口

隔雲亭
隔雲亭

 御苑は江戸初期以来加藤家、井伊家の下屋敷の庭園でしたが、明治時代に宮内庁所管となり、代々木御苑と称せられ、明治天皇、昭憲皇太后にはたびたびお出ましになられ、ご縁の深い由緒のある名苑である。面積約83,000㎡あり、曲折した小経が美しい熊笹の間を縫い、武蔵野特有の雑木林の面影をとどめている。苑には隔雲亭、御釣台、菖蒲田、清正井がある。

菖蒲田
菖蒲田
南池
南池

 菖蒲田は明治30年頃、明治天皇の御思召により優秀な品種を集め植えられたもので、当時は80余種でしたが、現在では150種・大株1500株を数え、緑の谷間に咲き競う景観は環境のよさと共に実に見事である。花菖蒲には江戸(東京)種、伊勢種、肥後(熊本)種の三系統がありますが、ここの花菖蒲は江戸種である。花期は例年6月上旬から7月上旬である。
 清正井は、この地に下屋敷を構えて居た加藤清正が掘ったと伝えられ、1年中絶えることなく湧き出る清水は南池の水源となり、掘り方の巧妙と水質の優秀なことから世に知られている。

清正井
清正井
清正井を観る行列
清正井を観る行列

2015.11.3 百々手式(明治神宮 例祭)
2015.11.3 百々手式(明治神宮 例祭)
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2015.11.3 明治神宮流鏑馬神事(武田流)
2015.11.3 明治神宮流鏑馬神事(武田流)
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