小春日和の日比谷公園
(有楽町)

有楽町駅(JR山手線)~日比谷公園~有楽町駅(JR山手線)
mark日比谷公園(ひびやこうえん)
日比谷門(見附)
日比谷門(見附)
心字池
心字池

 日比谷門(見附)は、江戸城外郭城門の一つで、城の外側から順に、高麗門・枡形・渡櫓・番所が石垣でかこまれていたが、石垣の一部だけが残っている。
 西垣の西側は濠となっていたが、公園造成時の面影を偲び、心字池となった。

2011.11.12 小春日和の日比谷公園
2011.11.12 小春日和の日比谷公園
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 明治36年(1903)に開園されたドイツ式庭園である。かっての長州藩毛利家上屋敷・佐賀藩鍋島家の上屋敷の跡で、明治初年の火災で焼失したのち、陸軍練兵場になっていた。園内には、昭和36年(1961)完成の大噴水をはじめ、花壇も整備され、大小の野外音楽堂・公園資料館・日比谷画廊などもあって、都心部の貴重な憩いの場所となっている。

旧日比谷公園事務所
旧日比谷公園事務所
南極の石
南極の石

 我が国最初の洋式公園であった 日比谷公園の管理事務所として、明治43年(1910)11月に竣工したドイツ・バンガロー風の瀟洒な建物である。昭和51年(1976)より公園資料館として内部を改造した使われていた。明治期の数少ない近代洋風建築の一つとして、平成2年(1990)3月22日に東京都指定有形文化財に指定された。建物の規模は、桁行12.6m、梁間7.2mである。
 南極の石は、南極昭和基地から4kmの地点にある、東オングル島の慎太郎山(標高40m)で、日本の南極観測隊が採取した。重さは150kgの片麻岩である。南極観測船「ふじ」が持ち帰り、昭和41年4月14日、日比谷公園に設置された。

古代スカンジナビア碑銘譯
古代スカンジナビア碑銘譯
鶴の噴水
鶴の噴水

 スカンジナビアの人々が、1975年2月24日ヨーロッパより北極経由で、日本への空路を開拓した。この碑は、北極航路開設10周年を記念して寄贈されたもので、スカンジナビアの古代北欧文字碑を模したものである。
 鶴の噴水は、明治38年頃東京美術学校(現在の東京芸大)の津田信夫、岡崎雪声両氏に依頼制作したもので、公園等での装飾用噴水としては、日本で3番目に古いもの。(1番目は長崎諏訪神社、3番目は大阪簑面公園)

雲形池
雲形池

日比谷松本楼
日比谷松本楼
日比谷松本楼
日比谷松本楼

 明治36年、我国初の洋式公園として日比谷公園が誕生した。それと同時にオープンした日比谷松本楼は当時流行のマンサード屋根3階建て、洒落たお店は大評判でモボやモガの間では「松本楼でカレーを食べてコーヒーを飲む・・・」がハイカラな習慣となった。明治時代の文芸活動「パンの会」第1回会合が松本楼で開かれ、若き詩人や美術家などが集まった。また、夏目漱石や「智恵子抄」の光太郎など、多くの文人の憩いの場所となり、それはまた詩や小説の舞台にも反映されてきた。

東京都観光菊花大会
東京都観光菊花大会

 東京都観光菊花大会が草地広場で開催中。見事に咲かせた菊が勢揃いしていた。江戸菊は、東京で発達した中輪の菊で、一度平らに咲いたのち花弁が立ち上がり、ねじれたり、折れ曲がったり、種類によってさまざまな変化をするため、 狂い菊、芸菊とも呼ばれる。

盆養-管物(管咲き)
盆養-管物(管咲き)
江戸菊
江戸菊

日比谷ライブ&マルシェ2011
日比谷ライブ&マルシェ2011
泉谷しげるさん
泉谷しげるさん

 日比谷ライブ&マルシェ2011(東日本の野菜を買おう。ライブで復興を応援しよう。)会場での泉谷しげるさん。

⇒ 日比谷周辺 ウォーキングマップ