矢切の渡し~柴又帝釈天
(市川~柴又)

市川駅(JR総武本線)~矢切の渡し~柴又帝釈天~柴又駅(京成金町線)
mark矢切の渡し(やぎりのわたし)
矢切の渡し
矢切の渡し

 対岸の矢切とを結ぶことから、矢切の渡しといわれてきた。寛永5年(1631)関東郡代伊奈半十郎を管理者として、幕府が始めた、公営の渡し舟場であった。
 関東大震災後に鉄橋がかけられるようになると、渡し場はつぎつぎと姿を消していった。隅田川では、昭和39年に佃の渡し、昭和30年代終わりに宮掘の渡し、昭和41年に汐入の渡しが廃止された。多摩川では、昭和初年に二子の渡し、昭和24年頃に矢口の渡し、昭和48年には菅の渡しが廃止された。江戸川では昭和40年に三太の渡しが廃止された。こうして東京で現存する渡しは、矢切の渡しただ一つとなった。

mark柴又帝釈天(しばまたたいしゃくてん)
寅さんまつり
寅さんまつり
瑞龍松
瑞龍松

 正式には経栄山題経寺(日蓮宗)という。寛永8年(1629)本山の中山法華経寺(千葉県)の日忠上人が草創したと伝えられるが、室町期の板碑(出土品)などから、その起源は室町初期にさかのぼるようである。本堂右側の祖師堂と釈迦堂は文政頃(19世紀前半)の建物で、かたわらにある金剛・胎蔵両界の大日如来座像は、銘文にと明応3年(1494)の作である。
 今日は「寅さんまつり」が行われていて、参道の両側にあるお店には沢山の観光客が入っていた。

⇒ 柴又周辺 ウォーキングマップ