迎賓館赤坂離宮~神宮外苑~新宿御苑
(四谷~新宿)

四谷駅(JR中央線)~迎賓館赤坂離宮~神宮外苑~新宿御苑~新宿駅(JR中央線)
mark迎賓館赤坂離宮(げいひんかんあかさかりきゅう)
東京メトロ四ッ谷駅
東京メトロ四ッ谷駅
カラスの水浴び
カラスの水浴び

夕暮れの迎賓館
夕暮れの迎賓館

迎賓館(赤坂迎賓館) 正門
正門
(国宝)

 四ッ谷駅の南数分の所に赤坂迎賓館がある。奥にベルサイユ宮を模しといわれる洋館が見える。もともと迎賓館の敷地は紀州徳川家の中屋敷であった。維新後それが赤坂離宮となり、明治6年(1873)皇居が焼けると仮皇居とされた。そして明治22(1889)年東宮御所となり、明治32年(1899)から10年を費やして東宮御所として建造された。中央に一段高い正門、上部には菊の御紋章がある。正門外柵の長さは、約160mである。

迎賓館(赤坂迎賓館)
本館玄関(北面)
(国宝)

 昭和天皇や今上天皇が一時期お住まいになった以外、東宮御所としてあまり使用されることなく、戦後、建物、敷地共に皇室から行政へ移管され、国立国会図書館、内閣法制局、東京オリンピック組織委員会などの公的機関に使用されていなかった。
 この間、わが国が国際社会へ復帰し、国際関係が緊密化し、外国の賓客を迎えることが多くなったため、国の迎賓施設をつくる方針がたてられ、これに伴い建設地や施設内容等の検討を行った結果、昭和42年(1967)に「旧赤坂離宮」を改修してこれに充てることとなった。
 改修工事は昭和43年(1968)から5年有余の歳月と総額108億円の経費をかけて行われ、賓客に対し和風の接遇を行うための別館の新設と合わせて、昭和49年(1974)に現在の迎賓館が完成した。

2013.8.28 迎賓館赤坂離宮 一般参観
2013.8.28 迎賓館赤坂離宮 一般参観
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mark神宮外苑(じんぐうがいえん)
神宮外苑
神宮外苑

 明治天皇のご聖徳を永遠に追慕し、敬仰申し上げるために、民間有志に結成された「明治神宮奉賛会」が広く国民より募った寄付金によって造成され、大正15年(1926)10月22日に明治神宮に奉納された。広さは約30万m2、明治時代には青山練兵場で、苑内の碑石にも記されているが、明治天皇に所縁の深い場所である。

銀杏並木
銀杏並木

 四並列の銀杏の大木が作り出した、世界に誇り得る銀杏並木の景観。これを通じて、正面に白亜の絵画館を望む人工自然の素晴らしさ。若葉・青葉・黄葉・裸木と四季折々の美しさ。長年にわたる管理、手入れの良さが見事な樹形を作り出している。
 神宮外苑造成に当たり、青山通り正面からの直線主要道路は、左右歩道の両側に植樹帯を取り、銀杏樹をもって四条の並木造成をすることとなった。

いちょう祭り
いちょう祭り

いちょう祭り
いちょう祭り
御鷹の松
御鷹の松

 今日は、明治神宮鎮座八十年記念して「神宮外苑いちょう祭り」が行われ、いちょう並木横のインベント会場では、ソプラノ歌手・森啓恵さん(二期会)が出演されていた。
 御鷹の松は昔、三代将軍徳川家光が鷹狩の途中この寺に休憩していたところ、江戸城から飛び去っていた、「遊女」と名づけた愛鷹が飛んで来て、庭前の松の枝に止まったので家光は大変喜び、この松をその鷹の名とって「遊女の松」と名づけたと伝えられる。後の世の人々が「お鷹の松」或いは地名をとって「霞の松」とも呼んだ。碑文にある二代目の松(樹齢推定200年)は昭和39年、東京オリンピック開催のための拡張工事の際に取り去られ、碑石は競技場代々木門内に移設されていたが、このたび現在地に移し、新たにこれに黒松を配したものである

ひとつばたご
ひとつばたご
聖徳記念絵画館
聖徳記念絵画館
(国重要文化財)

 和名「 ひとつばたご」俗名「なんじゃもんじゃ」と呼ばれ昔からこの地内にあった名木である。5月初めの頃、白い清楚な花が咲き、満開時は雪を被ったように見える。この木の親木は古く幕末の頃、ここから南へ約400mの六道の辻にあったので、「六道木」とも呼ばれた珍しい木である。明治18年(1885)にこのあたりは青山練兵場となったが、時の政府は所有者、萩原三之助からこれを買上げそのまま残した。
 絵画館は明治天皇と昭憲皇太后の遺徳を記念するために、その絵画が展示されている。絵画館の設計は、大正7年(1918)に一般から懸賞募集し、一等当選のものを基礎にして、明治神宮造営局が決定案を作成したものである。様式は鉄筋コンクリート造り、花崗岩の外装である。規模は東西121m、南北34m面積は地階2,500平方㍍、主階2,247㎡、中央円塔の高さは32m、両翼の高さは16mある。が国産である。その量は、9,556㎡である。

mark新宿御苑(紅葉)(しんじゅくぎょえん)
千駄ヶ谷門
千駄ヶ谷門
桜の紅葉
桜の紅葉

 江戸時代には信州高遠藩内藤家(3万3000石)の下屋敷があった所で、隣接地をあわせて、明治初年、明治政府の殖産興業政策の一環として、農作物試作試験場として発足したが、明治11年(1878)、内務卿大久保利通によって試験場は農学校とされ、目黒の駒場に移転した。明治39年(1906)5月、日露戦争の戦勝祝賀と開苑式を兼ねて明治天皇の行幸があり、以降新宿御苑と呼ぶようになった。その後さらに沼沢部が改修されて、日本式庭園も追加されるが、これは内藤家下屋敷時代のものも継承しており、樹齢400年を誇る巨木も少なくない。

ユリノキと月
ユリノキと月
イチョウ
イチョウ

ユリノキ
イギリス風景式庭園 ユリノキ

 ゆったりと広がる芝生と、自然のままにのびのび育った巨樹が特徴のイギリス風景式庭園や、左右対称に美しく整形されたフランス式整形庭園の近代西洋庭園がある。ラン・菊・桜をはじめ、外国樹種の試作などが積極的にすすめられたが、明治34年(1901)フランス人造園家アンリー=マルチネによってフランス式庭園が、また、大規模な温室も構築されて面目を一新した。

タムケヤマ(カエデ)
タムケヤマ(カエデ)

 江戸時代から明治時代にかけて、イロハモミジ、オオモミジ、ヤマモミジなどを改良した多くの園芸品種がつくられ、広く親しまれている。 タムケヤマ(手向山)は、ヤマモミジ系で、葉はイロハカエデより大きく、直径5~10㎝で普通7裂する。花は濃紅色。花や翼果もイロハカエデより大きい。枝が枝垂れる品種も多く、春から紅葉するものを「紅枝垂」といい、緑葉のものを「青枝垂」という。

⇒ 四ッ谷周辺 ウォーキングマップ