涸沢の春
(北穂高岳・奥穂高岳)

(山行記録)
登山日:1969.5.10(昭和44年)
メンバー:6名
・1日目:上高地~明神~徳沢~横尾~涸沢テント設営
・2日目:雨・風強く停滞
・3日目
 BC~北穂高沢~南稜~北穂高岳~BC
 BC~ザイテングラード~穂高岳山荘~奥穂高岳~穂高岳山荘~BC
・4日目:BC撤収~横尾~上高地

mark春山は、ゴールデンウィーク後が楽しみ
 北アルプスの山々は、GW前から本格的な春山のシーズンを迎える。
 ただ、山に入っても都会と同じ人込みではうんざりする為、我々は毎年決まってGW後の春山を楽しんでいた。だから、大勢の登山客が残したゴミの山を見ると残念である。
 春の涸沢はテントの花で一杯になるが、今回我々が到着した時には数張りのテントしかなかった。

mark停滞、テントの中で何の仕事するの?
 初日の晴天が嘘の様に、2日目は雨・風が強く全く行動できず、1日中狭いテントの中で過ごす。
 食べて寝ての繰り返しで、休養を十分とることができた。ただ、リーダーはコンピュータのプログラムリストを広げて仕事していた。(自分を含めて他の仲間は、その時は全くコンピュータの知識もなく、あっけに取られていた)

mark北穂高沢は、快調の登り!
 翌日は4時半の出発である。
 休養十分な全員は、北穂高沢を快調のピッチで登る。途中、急斜面な雪渓の為に苦戦するが、そのまま北穂高沢をつめて北穂高岳の頂上へ上がる。
 頂上からの展望は最高で、後立山連峰、剣・立山連峰、白山、乗鞍・御岳山の山々が実に美しい。中でも自分にとっては、3年前の槍ヶ岳から大キレットへの縦走路が大変懐かしく思えた。

奥穂高岳頂上
奥穂高岳頂上
北穂高岳・滝谷
北穂高岳・滝谷

 北穂高岳より槍ヶ岳を望む 北穂高岳より槍ヶ岳を望む

mark北穂高岳(3106m)
 滝谷は日本でも超一流のロッククライミングのゲレンデである。かって、名案内人といわれた上篠嘉門次が「鳥も止まれねえ」と嘆かせた悪絶な岩壁で、初登攀は大正14年。早大の四谷龍すけ、小島六郎パーティとR.C.Cの藤木九三、ガイドの松井憲三パーティが、同じ8月13日に挑み、成功している。

mark朝早いグリセードは、慎重にしましょう
 南峰から南稜を少し下った辺りで、涸沢槍側の雪渓へ降りる。朝が早い為、雪渓上部の雪はカチカチに凍っており、最初に滑り出すには結構勇気が必要であった。しかし、神経を使っていたグリセードも段々楽しみに変わり、最後は皆で「尻制動」になって楽しみながら下った。

mark白出コルでの夕陽見が、奥穂高岳まで延長
 先日の停滞分を戻そうと、午後1時に白出コルを目指してBC再出発する。雪と岩のザイテングラードを登った後、穂高岳山荘の前で大休止をとる。
 それでも夕陽までには時間があり過ぎて、ついつい奥穂高岳の往復を消化する。

涸沢カールと前穂高岳・北尾根
涸沢カールと前穂高岳・北尾根
初夏の上高地
初夏の上高地

mark前穂高岳・北尾根
 前穂高岳を北前穂高岳から眺めると山頂部が3つの頭に分かれ、その先大きく起状しながら屏風ノ頭へ高度を下げていく北尾根が見事である。上部から1峰、2峰、3峰・・・と数えて8峰まである。この北尾根は1峰から5峰までを上半部、6峰から8峰までを下上半部と分け、初級のバリエーション・ルートになっている。ことに上半部は岩登りの感触が楽しめるので人気ルートとなっている。

mark後輩、涸沢カールをスキーで滑る
 メンバー6名の内一人は、「涸沢で一度滑りたい」と言う後輩が飛び入りで参加していた。我々5名が北穂高岳を往復している間、彼ひとりで涸沢カールの残雪でスキーを満喫していたらしい。

markゴミを出さないマナーが大切!
 テント撤収の際は、テント生活で残ったゴミの全てを焼却するのが常で、これも先輩達からの教えであった。従って、ゴミとして残らなくて、かつ軽量な食品選びは食糧係の役割でもあった。
 山を登り、山を愛する人は、まず自然を大切にしてもらいたいものである。

ビールで乾杯(涸沢小屋)
北アルプス穂高岳縦走(昭和48年夏)
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週末ウォーキング