神奈川宿歴史の道
(新子安~横浜)

新子安駅(JR京浜東北線)~立町みはらし公園~神奈川宿歴史の道~反町公園~ランドマークタワー~横浜駅(JR京浜東北線)
mark立町みはらし公園(たちまちみはらしこうえん)

 「横浜市内一周ウォーキング」の最終回で新子安駅から横浜駅まで歩いた。「体育の日」に相応しい秋晴れの好天気で、途中、私と同じ様にウォーキングする人を多く見かけた。JR新子安駅から国道1号線に出て、横浜方面に向って約30分で立町の交差点に着いた。ここから、権兵衛坂と書かれた坂道を少し登った所に立町みはらし公園がある。みなとみらい21の高層ビルが身近に見える展望のいい公園である。しばらくの間、写真を撮りながら休憩した。

立町みはらし公園
立町みはらし公園

mark神奈川宿歴史の道(かながわしゅくれきしのみち)
神奈川宿歴史の道
神奈川宿歴史の道
成仏寺
成仏寺

 神奈川区は東海道五十三次の宿場町のひとつ、神奈川宿だったところ。江戸時代は神奈川県内で最大の町だったという。その史跡をめぐるのが神奈川宿歴史の道で、区内の台町から新町まで全長約4kmの道ゆきにはレンガタイルが敷かれ、各ポイントにはガイドパネルが設けられている。
 成仏寺は、安政6年(1859)の開港当初はアメリカ人宣教師の宿舎に使われ、ヘボンは本堂に、ブラウンは庫裡に住んだという。ヘボンは、ヘボン式ローマ字で知られ、日本最初の和英辞典を完成した。

慶運寺(うらしま寺)
慶運寺(うらしま寺)
慶運寺 本堂
慶運寺 本堂

 相模国三浦(現在の神奈川県)に浦島太夫という男がいた。その息子太郎は、父が丹後国(現在の京都府北部)に出仕中に、亀を助け竜宮城へ行った。帰ってきた太郎は、両親はすでに死亡し、墓が武蔵国白幡(現在の横浜市神奈川区)にあると聞かされる。太郎は両親の墓を探し出し、その地に庵を結んで観世音菩薩像を安置した。そこがのちに観福寿寺となった。観福寿寺は廃寺となり、観世音菩薩像は今は慶運寺に安置されている。

mark反町公園(たんまちこうえん)

 慶運寺からJR線の下を潜り、国道1号線に出た所に反町公園がある。いくつかの広場や花壇、池などがあり、地元の憩いの場所で、幼い子供達がハトと一緒に遊んでいた。

反町公園
反町公園
ハトと一緒に遊ぶ幼い子供達
ハトと一緒に遊ぶ幼い子供達

mark横浜ランドマークタワー・スカイガーデン(よこはまランドマークタワー・スカイガーデン)

 今日締めくくりとして、横浜ランドマークタワーまで足をのばし、69階展望フロア(スカイガーデン)からの夕陽と夜景の写真を撮った。

似顔絵
似顔絵
21世紀に伝えたい横浜名物
21世紀に伝えたい横浜名物

 かって文明開化がここか始まったように、横浜は21世紀の未来都市をめざして刻々と変貌を続けながら、新しい世紀を刻み始めている。「スカイガーデン」は、そんな横浜を一望できる日本一高い展望フロアである。高さは273m。前方約80kmにわたる眺めが、視界360度で楽しめる。

南方面(中央は横浜スタジアム)
南方面(中央は横浜スタジアム)

西方面(丹沢山塊に沈む夕日)
西方面(丹沢山塊に沈む夕日)

東方面(よこはまコスモワールド)
東方面(よこはまコスモワールド)

⇒ 横浜周辺 ウォーキングマップ